2004年12月の雑記帳


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過去の「雑記帳」

12月31日(金)
事実上の2年目終了

 弊サイトは、一応の立ち上げから5年、正式公開宣言してから2年半を経過しておりますが、現在のコンテンツの骨格が固まってからは1年半ほどしか経過しておらず、まだまだ現在進行形・発展途上です。

 感想のメールをいただいた方から「Yahoo! JAPANのカテゴリ検索からアクセスしました」という記述があって初めて気が付いたのですが、いつの間にかディレクトリ型サーチエンジンにも登録されていた模様。本年「最長片道切符の旅」がブームになったことが大きな要因でしょうが、こちらも最後の日まで書いたのが今年の8月、現在再校正に取りかかったところという段階です。「駅の写真館」も、単に乗降した駅の印象を短くまとめるだけでは、備忘録として見ただけでももったいないので、あれこれと情報を付加するようにしておりますが、初期に書いてそのままの駅では、最も特徴的なことを一言書いて終わり、というものが多く、やはりリライトを続けていく必要がありそうです。

 駅への乗り降り、そしてそれ以上に、各駅周辺で得られる有形無形のものに触れることを続けていく以上、まだまだ続いていくとは思いますが、時間や労力、気力のバランスが、今後は重要になっていきそうです。

 また、アクセシビリティを中心に、サイトデザインにも注意を払うようにしてはおりますが、個人のWebサイト管理者が想定可能な範囲にはかぎりがありますので、「見にくい」「使いづらい」といったご感想がありましたら、メールなり掲示板への書き込みなりで、ご指摘いただければ幸いです。言われないと気づかないことは、多々あるはずですから。

12月30日(木)
雪降りつむ…

 29日には、東京都内に初雪が降りました。それでも交通機関には大きな乱れはなかったようですが、久々に積もった雪をじゃくじゃく踏みながら歩いていると、目の前をすーっと黒い影が横切り、「グシャッ」という音とともにその姿が消えました。「?」と下を見ると、両手に荷物を抱えたおじさんが転んでいたというしだい。

 数年ほど前には「東京の交通機関は雪に弱い」というイメージがありましたが、毎年のようにどこかしらで列車などが停まるようになると、それなりの体制が取られるようになったのでしょう。もっとも、雪の降りかたがそれなりに強かっただけで、水分があまりなかったために、障害になるほどではなかったという面もあるのでしょうが。

12月29日(水)
くぇいく・あいらんど

 新潟県中越地方で震度5弱・新幹線は運転見合わせ(日本経済新聞 12月28日):28日の日本経済新聞夕刊1面には、上越新幹線が全線で運転を再開したことが、カラー写真とともに掲載されていました。ところが、その同じ日に、またも中越地方で地震があり、1日ももたずに全線が運休してしまいました。スマトラ大地震のニュースは否が応でも毎日目に入れざるを得ませんし、もはやこうなると、地の底から、天罰ならぬ池罰が人間にもたらされているのではないかという気にさえなってしまいます。寺田寅彦がいったとされる天災は忘れたころにやってくるというフレーズはあまりにも有名ですし、災害を風化させないことがだいじだといった論調も頻繁に見られるのですが、忘れようにも忘れさせまい、といった悪意さえ感じてしまうのは、地球人としての後ろめたさを多分に覚えているがゆえの業なのでしょうか。

 昨日に続いて、樽見鉄道桃花台新交通南海貴志川線などにコメントを付しました。正式に廃止届が出されたものから、近いうちに何らかの解決策を出す必要があるところまでさまざまですが、地方鉄道にとって冬の時代が到来していることを痛感いたします。平行して、ほかの地域の鉄道各路線についてもコメントを書いていきますが、年内には関東地方と、あともう1地域ぐらいを書き上げたいと考えております。

12月28日(火)
一般的ガイド、特殊的ガイド

 本日アップした駅の1つ、原木中山の周辺は、一種独特の雰囲気が漂っています。弊サイトの「駅の写真館」は、あくまでも駅を中心として、その周囲もあわせて説明するにとどめていますが、原木中山一帯には非常にディープな光景がそこかしこに転がっています(詳細は「原木中山マニアックス」などをごらんください)。都市部であちこちの駅に乗り降りしていると、行動パターンがタウンウォーキングと重なってくるので、こういった光景に出くわして楽しめることが多い一方、コンテンツとしてどう扱えばよいのか、しばしば頭を悩ませております。

 あわせて、北海道ちほく高原鉄道秋田内陸縦貫鉄道くりはら田園鉄道上田交通、名鉄の揖斐線岐阜市内線美濃町線田神線神岡鉄道のと鉄道に関して、会社別リストにてコメントを付しました。路線廃止が決定したり、取りざたされている路線ばかりですが、現状で把握していることをひとまずまとめておきたいと思ったこと、路線別レファレンスとして利用する場合に、注目度が高いものから取り上げたいと思ったことがあります。もっとも、現行の更新速度で、どこまでまとめられるものやら。

12月27日(月)
長岡に新幹線が戻ってくる

 NHKのニュースを見ていると、上越新幹線の試運転が開始されたというニュースが入ってきました。すでに雪のシーズンに突入し、新潟中越地震の被災地域はきびしい毎日が続くと思いますが、新幹線の運行再開が、事態前進への一歩になってほしいものだと、切に願います。あれだけの規模の災害の後では、おいそれと“復興”ということばを使う気にはなれないのですが…。

 本日は、前回に引き続き、ゆりかもめの駅データのアップのほか、「駅の写真館」の各会社別リストをアップしました。一応全会社をカバーはしたものの、大半の会社において、説明文が「コメント準備中」状態なので、この年末にある程度進めていきたいと考えております。今回は、北関東の説明文だけをまとめました。

12月26日(日)
神岡の明日

 神岡鉄道「観光鉄道で活用」提案 飛騨市公表、企業名はTPO(中日新聞・岐阜 12月23日)/神岡鉄道の経営危機問題 経営移譲、国内旅行社も申し入れ(毎日新聞・岐阜 12月23日):19日の本欄にて触れた、神岡鉄道に関心を示している“観光鉄道会社”は、有限会社トラベルプランニングオフィス(以下、TPO)とのこと。

 この会社、有田鉄道が廃止された際にも、観光鉄道としての再生を図ると称して引き受けの動きを見せたという過去があります。このときには、どういった経緯で断念することになったのか定かではありませんが、今回の神岡鉄道は、有田鉄道に比べれば観光資源がゼロではないとはいえ、観光開発へのアクセス手法として経営を維持していくには、引きの力が極めて乏しいのも事実(スーパーカミオカンデへのアクセスを鉄道でまかなうのは非現実的、など)。一般的な観光客だけでなく、古い車両を使ってコアな鉄道ファンを呼び込むという方策もあるでしょうが、今度は維持管理費という問題が出てきます。さらに、鉄道そのものを観光資源化することができるにせよ、神岡鉄道の起点である猪谷は、近接都市である富山からも30km以上離れており、アクセスがなかなか難しいという問題もあります。濃飛ルートの活用という方法もありますが、こうなると小規模な鉄道事業者ができるレベルではなくなってきます。しかし、地元自治体である飛騨市が前向きの姿勢を示していることから、何らかの具体的な経営プランが呈示されたと見るべきでしょう。

 ただし、これらの記事を見るかぎり、どうにも理解できない個所があります。まず中日新聞には当社(引用者注:TPO)としても鉄道各社との相互乗り入れの交渉がしやすくなるとありますが、神岡鉄道の運営と“鉄道各社との相互乗り入れ”のあいだにどのような関連があるのか、よくわかりません。同社はイベント列車などの企画を行っているようですが、鉄道事業者ではないために制約が多かった、ということなのでしょうか。しかし、イベントなどの企画を実行させる際に、鉄道事業者となる――今回の場合は、神岡鉄道の運営という“コスト”が加わる――ことで得られるメリットがどこまであるのでしょうか。

 また毎日新聞には当社(引用者注:TPO)がイニシアチブを取る形なら第三セクターや他社との共同経営形態でも良いとありますが、これはもっとわかりません。何らかの経営方針を打ち立ててから出資を募るのが企業経営というもの。口は出させないが金は出してもいいよ、というリクツなのでしょうか。

 今回の報道発表だけでは、どうにも不分明な部分が多く、今後を判断するのは難しいのですが、いちおう“動き”が出てきた、とだけはいえます。

12月25日(土)
年末の大掃除

 大掃除と称して、ハードディスク内のあちこちに溜まっていたデータをいったん集約したうえ、重複したものや古くなったものなどを削除し、必要なデータをリムーバブルストレージに移動させました(CD-RまたはDVD±Rがメイン)。これによって、データを保存しているDドライブ(容量80GB)の空き容量が50GBを超え、スッキリ。いくつかのアプリケーションの動作が怪しくなってきたこともあって、明日はWindows自体をクリーンインストールする予定です。ひとまず、各種の設定ファイルやレジストリキーなどを保存したり、必要なオンラインソフトを集めたり、手順書を作成したりしています。

 OSインストール直後の機敏な操作は、サッパリして気持ちがいいのですが、ひととおり“日常的に使える”ようにするのに必要な時間は、どんどん長くなっている気がします。PCと付き合う時間が長くなったせいなのか、はたまたOSのせいなのか、あるいはコンピュータを取り巻く環境の変化に起因するのか、そのあたりはよくわかりませんが、Windows95時代は、ほとんど流れ作業で再構築が済んでいたため、「何かトラブったらフォーマットして再インストール」という状態でした。今は、OS自体が堅牢になっていることもあって、クリーンインストールなど1年に1回もやりませんが…。

12月24日(金)
ちょっと立ち止まって

 「最長片道切符の旅」の校正と微修正を、これから年末にかけて行っていきます。この旅行は、1999年暮れから2か月にかけて実行したものですが、当時のメモや写真などをもとに、ひとまず文字ベースで残せるものを残しておこう、という判断のもとに「とりあえず書き終えた」というスタイルになっています。写真などを掲載せず、あえて文章のみにしているのは、それほど強い根拠のない筆者のこだわりゆえにすぎませんが、そろそろ、再検討してよい時期ではないか、と思えてまいりました。

 四国には足を踏み入れなかったものの、北海道から九州までをひといきにまわっただけに、日本の広さと狭さを同時に実感することができました。その際に残した印象を、現在から敷衍してみれば、さらなる良質の記録文ができる――というわけではありませんけれど、現状で提供しているデータを削ることなく、私が受けたもろもろのことを、より伝わりやすい形で残していきたい、と考えているしだいです。

 なお、特に大きな変更があった場合をのぞき――大きな変更は加えない予定ですが――、各ページの末尾に修正日を付記するにとどめ、トップページの更新履歴には反映させません。あらかじめ、ご了承ください。

12月23日(木)
金属音のいざない

 旧聞に属する話題ではありますが、12月23日から来年1月22日まで、東京地下鉄の東西線開業40周年を記念して「パンチ(改札鋏)ラリー」が開催されます。東西線の指定された12駅で改札鋏を集めることで、記念品をもらえるというもの。実用上は、すでに絶滅しているといってよい改札鋏ですが、鋏が打ち鳴らす「チャンチャンチャン…」という金属音に、移動の窓口としての駅を再確認し、どこかへ行きたいと思ったものです。私が頻繁に乗り降りしていた新宿駅では、比較的遅くまでパンチが現役で残っていたこともあり、わざわざパンチが使われていた改札口から乗り込んだこともありました。

 これを契機に、東西線の駅をアップしていくことにいたしました。実際には、乗降していない駅、写真を撮っていない駅がまだまだあり、全駅がそろうにはしばらくかかりそうですが、年末年始の都心は比較的空いているでしょうし、この機に都内の地下駅をまわってみようか、などと考えております。

12月20日(月)
岐阜のローカル鉄道

 樽見鉄道の補てん延長へ 大垣市、経営改善計画受け2年間(中日新聞・岐阜 12月18日)/明知鉄道と長良川鉄道に財政支援 県が補助金交付(中日新聞・岐阜 12月17日):昨日本欄で神岡鉄道について触れましたが、岐阜県内には神岡鉄道のほかに、樽見鉄道(旧樽見線)、明知鉄道(旧明知線)、長良川鉄道(旧越美南線)という3つの旧国鉄転換第3セクター鉄道があります。いずれも貨物輸送の廃止や旅客輸送量の減少によって、経営環境は厳しくなっています。

 岐阜県内には、国鉄が廃止対象とした閑散ローカル線が4本もあり、これは北海道と福岡県をのぞけば全国でトップクラスだったのですが、すべて第3セクター鉄道として存続しました。特に樽見鉄道は、石灰石輸送や観光輸送で開業2年目から長い間黒字を計上、岩手県の三陸鉄道とともに“第3セクター鉄道の優等生”といわれていましたが、その貨物輸送が廃止され、苦境に立っています。明知は沿線人口の減少、長良川は水害など、さまざまな要因があるうえ、自家用車の普及率が高い地域でもあり、いずれも経営好転に結びつく好材料がなかなか見いだせないのが実情です。そうそう起死回生の打開策があるとも思えませんが、いったん廃止されたものが復活することはまずない以上、なんとかがんばってほしいものです。

12月19日(日)
神岡のゆくえ

 仏コネックス社、神岡鉄道の支援も 飛騨市に打診、岐阜事業と並行(毎日新聞・岐阜 12月18日)/コ社「神岡鉄道を支援」/飛騨市に打診/宇宙体験施設参画も(岐阜新聞 12月18日):岐阜県北端を走る神岡鉄道に対し、岐阜市内の公共交通に食指を動かしているコネックス社が関心を抱いたとのこと。神岡鉄道は、旧国鉄神岡線を1984年10月1日に継承した第3セクター鉄道で、開業当初から貨物輸送が中心になっていましたが、親会社である神岡鉱山が、貨物輸送をトラックに切り替えることを決定したため、存廃問題が浮上していました。

 やや古い資料ですが、2000年度の1日当たり旅客輸送密度は、わずか86人。全線を走る列車は1日7往復(ほかに区間2往復)なので、1便あたりの乗客は5人たらずという計算になります。この数字は、オーナーの意地(道楽?)で奇跡的に残っていた有田鉄道(2002年12月31日かぎりで廃止)に次いで下から2番目でした。当然のことながら、旅客営業で経営を維持できるレベルではありません。神岡という地名は、かつてはイタイイタイ病を引き起こしたカドミウム汚染の発生源として有名でしたが、現在ではむしろ、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏の手がけたニュートリノ研究の舞台として知られているのですが、観光開発という点では、さほど開かれているとはいえません。私も旧・神岡町(現・飛騨市)を歩いたことがありますが、鉱山町というよりは、ひっそりとした山間の町といった印象が強かったものです。これからの観光開発のためのアクセスとして、鉄道を活用することは可能でしょうが、鉄道事業を単独で存続させるのは不可能であるだけに、観光開発の具体的なプランを立てられるかどうかが鍵になるといえましょう。

 なお、同鉄道には、東京に本社を置く観光鉄道が興味を示しているとのことですが、これがどの会社かは公表されていないようです。

12月13日(水)
模様替え

 「雑記帳」のレイアウトを少しいじってみました。CSSをちょっと手直ししただけで、基本的な部分はあまり変わっていないのですが、このサイト独自のシンプルな色合いを出せればいいな、というねらいがあります。これとあわせて、「駅の写真館」の各ページのカラーリングを試験的に変えてみました。これまではブルーからパープルを中心とした色合いだったのですが、渋めの茶色という、文字どおり日本茶を連想させるページにしたのですが、どうでしょうか。

 ここまで数回小ネタにしてきた整備新幹線長崎ルートは、結論先送りというより延長戦突入といった様相を呈してきました。各メディア(新聞社など)ごとの論調もさまざまなので、これを追っていくだけで独立したコンテンツができそうなありさまですが、もはや泥沼ということばがいちばんふさわしそうです。

12月8日(水)

 九州新幹線長崎ルート 鹿島市町 反対崩さず 国の予算化検討批判(西日本新聞 12月6日、タイトルママ)/整備新幹線、3区間来年度着工へ最終調整(日本経済新聞 12月7日):5日で取り上げた題材の続きです。佐賀県の古川康知事が7日の県議会で鹿島市など並行在来線の経営分離に反対する1市6町と自ら交渉に乗り出す意向を表明したとのことですが、そうまでして“県レベルで”必要とされているものなのだろうか、と思わざるを得ません。

 沿線市町村が慎重となっていることの最大の原因は、平行在来線がJRから分離されることです。今回問題となっている九州新幹線長崎ルートでは、全線フル規格を前提としたものではなく、武雄温泉―諫早のみをスーパー特急(在来線と軌間が同じで規格が新幹線並み)新線の着工認可から始めており、これに対応する肥前山口―諫早をJR九州から分離した場合、鹿島市など沿線は経済的に大きな痛手を受けてしまうわけです。もともと「平行在来線はJRから分離」というルールは、JRの負担軽減とともに、整備新幹線着工要求を掲げる地方自治体に対して政府がブレーキをかける意味もこめて策定されたものだったはずですが、今回はJR九州が発生する赤字を一部負担しようとさえ表明しているとのこと。本年開業した第3セクター鉄道・肥薩おれんじ鉄道の苦戦が伝えられていることも、沿線の動きを慎重にさせているのは明らかでしょう。

 こういう事情なので、賛否両論となるのは当然なのですが(新幹線の開業によって高い経済効果が期待できる地域も当然ありますから)、個人的には、佐賀県と沿線市町村のズレのほうが気になります。県の役割は、県内各市町村の相互調整というものが非常に重要だと思われるのですが、少なくとも佐賀県内に関するかぎり、市町村ごとの足並みが大きくブレているとは思えません。にもかかわらず、佐賀県が政府案受容を前提とした動きをしている(ように見える)ことには、どうにも合点がいきません。

12月7日(火)

 小田急電鉄相模鉄道(PDF)などが、利用者モニターを募集するとのこと。こういったアンケートそのものには興味があるのですが、私はいまだに当たったことがありません。今となっては、いずれの沿線にも住んでいるわけではないため、そもそもモニターとして不適切なのですが、一回やってみたいなんて思うのは、子どもっぽいのでしょうか。もっとも、小田急のほうは申し込みが郵送のみとなっており、駅頭応募やWebからの応募が可能な相鉄に比べて手間がワンステップ増えてしまうのですけれど、コスト面ではどうなのでしょうか。募集人員は300名とのことなので、大したことないのかもしれませんが…。

12月6日(月)

 もはや旧聞に属する報ではありますが、東京モノレールの起点が、新規に開業した第2羽田空港ビルとなり、これまで始発駅であった羽田空港駅は、羽田第1ビルとなりました。この両駅を結ぶ位置に京急の羽田駅があるため、こちらには大きな変化はありませんが、いずれにしても、首都圏では2月のみなとみらい線開業以来の新規開業。京王線沿線などという、首都圏のどこに出るにもそれなりに便利な場所にいると、いつでも行けるところが後回しになりがちなだけに、羽田空港にもいつ行くかわかりませんが、飛行機に乗る用事ができる前に、わざわざ乗りに行く可能性もけっこう高そうです。なにせ、東京モノレールの駅は、旧羽田空港、天王洲アイル、モノレール浜松町以外の駅での乗り降りがないだけに、いずれ足を運ばないといけないなと思っているもので。都内の京急も虫食い上に未踏破駅が多いので、1日かけて回ってみたいと検討中です。

12月5日(日)

 整備新幹線:3区間の着工巡り、政府・与党の協議大詰め(毎日新聞 12月4日):“整備新幹線”の着工には、基本的に平行在来線のJRからの分離が前提となっているわけですが、新幹線開業によるメリットが小さく負担感の高い佐賀県が慎重であるため、九州新幹線長崎ルートの着工が延び延びになっています。記事中には九州全体を考えて判断してほしい(九州・山口経団連会長)というコメントがありますが、地域単位の巨大プロジェクトに対してコンセンサスが取れないこと自体は、異常でもなんでもないはずです。新幹線のストロー効果による福岡一極集中の促進も容易に考えられるいっぽう、東京への直通便もかなり限られると予想されるなど、東日本の“整備新幹線”に比べて、その効果はあまり大きいものにはならないでしょう。

 長崎ルート開業後も、長崎本線の鳥栖・肥前山口間はJR九州が経営を続けるものと思われますが、この場合、長崎行きの新幹線と、佐世保行きの在来線特急が併走することになるものと思われ、かなりむだが大きいような気もするのですけれど…。

12月2日(木)

 Netscapeの新ブラウザは、FirefoxとIEの「どっちも採り」(ITmedia ニュース 12月1日):その存在さえすっかり忘れかかっていたWebブラウザ、Netscapeのプロトタイプでは、Gecko(Mozilla系)エンジンとIEエンジンのデュアル仕様になっているようです。これまでのNetscapeは、重厚長大化したMozillaフルバージョンを基本的にそのまま採用しており、レンダリング以前にアプリケーションが重かったのですが、今回は軽量なFirefoxにエクステンションを加えたもののようです。もっとも、IE以外のWebブラウザを利用している人は、IEエンジンを忌避したり、IEのセキュリティ面での脆弱性を問題視したりするケースが多いように思われるだけに、果たしてどのような結果になることやら。

 私は、Firefox 1.0をメインのWebブラウザとして用い、Opera 7.53をサブで利用しています。現在更新している各ページは、基本的にXHTML 1.1で記述しており、Webブラウザへの依存度は低いものになっていますが、CSSの実装という面では、Firefox以外ではまだまだ甘いので、表示確認をきちんと行うべきなのでしょうが、IEでの表示確認はついつい手抜きになりがちです。

12月1日(水)

 「駅の写真館」のうち「周辺の見どころ」で、紹介スポットの公式Webサイトがある場合、そのURLを付記するようにしました。URLは移動する可能性もあるのですが、記載するURLのインデクスを作成するため、定期的なチェックによって管理可能と判断したためです。このほか、レイアウト面で見直したいところもあるのですが、まとまった時間を確保するのがちとつらいため、ひとまずこれにて。



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