非常に古い木造平屋建ての大きな駅舎が健在です。瓦屋根と板張りの壁面、全体から見ると控えめな玄関が印象的ですが、小さいながらも袴腰を備えた車寄せが設けられているのが終着駅としての矜恃を示しているようです。
駅舎の中に入ると、ずいぶんと薄暗い空間になっており、悪い意味でかつての国鉄駅らしさが残っています。清掃は行き届いているのですが、どうにも長居したくなる雰囲気ではありません。それでも、壁まわりには三木鉄道などをめぐる写真が飾られており、またきちんと清掃されているので、きちんと手入れされているさまはうかがえます。
定期券をのぞく乗車券類の販売を開業以来行っていない三木鉄道ですが、三木駅は唯一の有人駅として、記念乗車券や往復割引乗車券などを窓口に備えています。しかし、開業記念乗車券が開業から20年以上経過しても販売されていたというのは驚き。会計上、どのように処理していたのでしょうか。
構内は1面2線のホームが中心で、改札口前と厄神方の双方に列車を止めることができますが、厄神方の延長部分は1998年に設置された新しいものです。三木線内には交換駅はおろか側線さえまったくないため、この三木で列車の発着を容易にすることでタイムロスを減ずるために行われた施設改善ですが、そもそも改札口の目の前に列車を横付けにするのが利用者本位の姿勢だったと思うのですが。
駅には車庫と検車場が設けられており、レールバスが休んでいます。
駅の北側には、かつての貨物ホーム跡地が駐輪場となっています。石積みのホームに加えて木造の上屋が残っていますが、貨物営業廃止後30年以上を経過してもそのままの形を保っているのは貴重です。
駅は三木市の旧市街地から西に離れたところに設けられています。播州鉄道がこの地にターミナルを置いた理由については未確認ですが、市街地が成熟していた三木の中心部に乗り入れるには用地買収などのコストがかさむため、むしろ貨物輸送の便のよいこの地に駅を設置したほうがよいと判断したのかもしれません。一時は、JR北海道が開発中のDMVを利用して神鉄三木駅へ接続するという案も出ましたが、具体化されることはありませんでした。
駅前には広場が整備されており、駐車場や駐輪場として利用されています。ただし駅周辺には商店が散在しているほかは民家が並んでいるのみです。三木は大工道具を中心とした金物の町として知られています。
駅名の由来
三木の地名については、神功皇后が市内の君が峰で休まれた時、土地の者が壷に入れた酒を献上し
、ここから御酒(みき)が三木に転じたという説があります[1]。
歴史
播州鉄道が別所から延長する際に、終着駅として設置された駅です。一般駅として開業しましたが、1974年9月末かぎりで貨物営業を廃止し、これをもって三木線から貨物列車が消えました。
三木線は1985年4月1日より三木鉄道に転換されましたが、三木駅については大きな変化はありません。
周辺の見どころ
特になし。