長野電鉄屋代線の電車は、しなの鉄道の屋代駅の東側のホームを利用します。1面2線から成っていますが、実際には東側の1線のみが使われており、ホームの片面には柵が設置されています。ホーム屋根や支柱はなかなかの年代物で、2005年11月現在でも「木島方面」の記述が残っていました。
自前の改札などはなく、営業はしなの鉄道に委託しています。中間改札もなく、西側にある屋代駅本屋との間は跨線橋で結ばれていますが、JRから継承されたしなの鉄道側の跨線橋と長野電鉄側の跨線橋では幅がまったく違い、両者の企業体力の差を感じさせます。
もっとも、現役で使われている木造の乗換跨線橋としては、(おそらく大正年間に)建設されて以来大きく改修されることなく使用されており、非常に貴重な例となっています。ハウトラスが跨線橋に使われているのも珍しく、ほかにはJR新今宮駅ぐらいしか記憶にありません。
駅構内には、長野電鉄の子会社である「長電テクニカルサービス」の工場があり、車両の保守点検が行われます。この工場では、長野電鉄のみならずしなの鉄道の車両整備も請け負っています。
駅名の由来
しなの鉄道屋代駅を参照のこと。
歴史
河東鉄道が最初に屋代-須坂を開通させた際に設置された駅です。
- 【1922年6月10日】 河東鉄道の屋代-須坂間が開通し、開業。
周辺の見どころ
確認中。