水島駅
▲水島駅《2007年8月5日撮影》

水島駅ホーム

【写真1】水島駅ホーム。《2007年8月5日撮影》

水島駅は、水島臨海鉄道の運行上の拠点駅で、水島地区の中心駅でもあります。運転士の話では、倉敷市方面から三菱自工前行きの列車が水島駅に到着すると、朝の通勤時間帯を除けば、乗客の大半が下車してしまい、残るのはごくわずかな用務客と鉄道ファンのみとなるとのこと。

高架上に島式ホーム1面2線が設けられているほか、西側には貨物列車用の通過線が設置されていますが、地平駅時代に貨物を取り扱っていたヤードはすべて姿を消しています。ホーム上には待合室が置かれていますが、防風壁の類はないため、ホーム上から水島の市街地が一望できます。

駅事務室は高架下にあり、乗車券などを販売しています。大半の駅が無人になっている水島臨海鉄道の中で、駅員が配置されるのは、起点の倉敷市とこの水島のみです。ずいぶんそっけないつくりではありますが、高架化前の水島駅が無人だったことを考えれば、利用の便は高くなったといえます。

水島駅の西側には、大型のバスが何台も停まれるような大きな駅前広場が用意されており、上屋のある立派なバス乗り場まで整備されているなど、地方都市の玄関駅としてもかなり立派な部類に入ります。しかし、実際には路線バスの本数はかなり少なく、タクシーが数台、所在なげに停まっているものでした。

水島市街地中心部の空洞化は著しく、かつて駅近くに入っていたショッピングセンターや商店が撤退したまま空き家になっている建物が多く目立ちます。大規模商業施設であるイオンタウンが駅近くにあるものの、その多くは自家用車で直接店舗に乗り入れており、駅周辺の商業活動を活性化させているようには見えませんでした。これは、重工業都市水島の地盤沈下自体もさることながら、水島臨海鉄道高架化時の都市計画の甘さに起因するものとみるのが妥当でしょう。

 

乗り場

東側から順に、1番線、2番線となります。

駅名の由来

確認中。

歴史

旧三菱重工業専用線鉄道時代の「岡山工場」駅が1943年3月に設置されたのが前身。水島工業都市開発により地方鉄道となった際に「水島」の駅名を採っています。本稿の1987年以前の記述は、曽我治夫「水島臨海鉄道」『鉄道ピクトリアル』電気車研究会、No.493(1988年3月臨時増刊号)、105-111ページによります。

周辺の見どころ

確認中。

2010年8月25日

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