星形城郭へのJR最寄り駅

五稜郭

ごりょうかく Goryokaku
五稜郭駅
▲五稜郭駅駅舎《2011年11月18日撮影》

旅客用のホームはやや狭い

五稜郭駅ホーム(長万部・木古内方)
【写真1】五稜郭駅ホーム(長万部・木古内方)。《2011年11月18日撮影》

幕末の箱館に設けられた西洋風の城郭として知られる五稜郭を冠した名称を持つ駅ですが、五稜郭公園との間は2km以上離れており、観光客が利用するにはいささか難しい立地の駅です。それでも、旧亀田市の中心部に近い駅であり、函館近郊の駅として地元住民の利用が多く見られます。

島式ホーム2面4線から成る地平駅で、東側にある駅本屋との間は跨線橋で連絡しています。なお、基本的には旅客列車では内側線が使われており、外側線は貨物列車の待避用などに使われています。路線分岐駅ではありますがホームは狭く、また上屋がないので、冬季は発車間際まで駅舎内で待っているほうがよさそうです。

線路が多数広がり貨物列車も往来

五稜郭駅ホーム(函館方)
【写真2】五稜郭駅ホーム(函館方)。《2011年11月18日撮影》

このほか、ホームを挟んで駅本屋側、海側の双方に多数の側線が広がっており、旅客列車が留置されているほか、貨物列車も多数行き交っています。これは、JR貨物の函館貨物駅(五稜郭駅から駅名変更)が併置されているためです。

自動改札機は非導入

五稜郭駅改札口
【写真3】五稜郭駅改札口。《2011年11月18日撮影》

改札口には「みどりの窓口」が併設されており、早朝から深夜まで駅員が常駐しています。自動改札機は導入されておらず、スチールの大きなラッチが使われています。また、自動券売機が申しわけ程度に一台設置されています。その一方で、JR北海道の旅行業を行う店舗「ツィンクルプラザ」が営業を行っています。短距離利用よりも長距離利用のほうが多いのでしょう。

売店とそば屋が入ります

五稜郭駅駅舎内
【写真4】五稜郭駅駅舎内。《2011年11月18日撮影》

駅舎内には待合室スペースに売店とそば屋があります。ここのそば屋はカウンター式ながら椅子があり、すっきりした味わいの出汁が特徴で、駅そばらしからぬ上品な印象を受けました。

駅名表示も五稜郭形に

五稜郭駅駅名表示
【写真5】五稜郭駅駅名表示。《2011年11月18日撮影》

駅舎は木造平屋建てのシンプルなもので、1941年10月に建造されたものですが、開業100周年を迎えるにあたって大規模なリニューアルが行われました。外壁が白から木目調に、屋根がねずみ色から渋い茶色になっています。また、かつてはファサード時計下にあった駅名表示が玄関上に移されるとともに、文字を単純な五角形で囲んでいたものを、五稜郭の形で囲むように変更しています。これによって駅舎の雰囲気は大きく変わり、古い駅舎がそのまま使われているという印象はまったく受けなくなりました。

駅前から各方面へ路線バスが

五稜郭駅駅前
【写真6】五稜郭駅駅前。《2011年11月18日撮影》

駅前にはバス乗り場がありますが、それぞれの乗り場にはフラットに移動できます。駅近くには大型商業施設が立地しているほか住宅も多く、人の行き来が多い一角です。

かつては駅前に跨線橋があり、これは1978年まで走っていた函館市電への乗り場の名残でしたが、現在では撤去されており、市電運行当時の面影はほとんど残っていません。

停車列車 [2015年12月現在]

寝台特急および夜行急行は停車しません。「スーパー白鳥」「白鳥」の一部、「スーパー北斗」「北斗」の全列車が停車します。

乗り場

東側(駅本屋側)から順に、3番線、4番線、5番線、6番線となります。1番線と2番線はおそらく欠番。

  • 3.(通常は使用せず)
  • 4.函館本線上り 函館方面
  • 5.函館本線下り 森、長万部方面/江差線下り 上磯、木古内方面
  • 6.(通常は使用せず)

駅名の由来

確認中。

歴史

箱館への鉄道が開通したのちに設けられた駅です。なお、ここではJR貨物の函館貨物駅についても併記します。

1911年9月1日
国有鉄道(内閣鉄道院)函館本線の駅として開業。
1913年9月15日
上磯軽便線・五稜郭-上磯間が開業、分岐駅となります。
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR北海道およびJR貨物の駅となります。
2011年3月12日
JR貨物の五稜郭駅が「函館貨物駅」に名称を変更[1]
2016年2月28日
この日かぎりで駅待合室内そば店の営業終了[2]

周辺の見どころ

確認中。

◆ミニコラム◆ 幻の未成線が市街地に

五稜郭駅の北側から東側にかけての地域を地図で開くと、駅北側から北東へと建物がカーブに沿って並び、JR貨物五稜郭機関区の東側からは南東方向へとまっすぐの道路が延びているのがわかります。屈曲が少なく、カーブも半径が非常に大きいことからわかるとおり、この道路は鉄道未成線を転用したものです。

この未成線は「戸井線」と呼ばれ、五稜郭から湯の川を経て戸井へいたる、約30kmの路線です。戸井に建設を予定されていた要塞への物資輸送に加え、下北半島の大間と船舶で連絡することにより本州との航路を短絡するという意図もあったようで、いずれにせよ軍事目的が濃厚な路線でした。しかし、戦争が本格化すると、軍事目的とはいえ短期的な優先順位が低い戸井線は工事中断。戦後も、青函トンネルが東ルート(大間、戸井経由)の場合には再活用の可能性がありましたが、こちらも西ルート(三厩、福島経由)のため、再活用されることはありませんでした。しかし、路盤は多くの部分で完成していたため、現在でも道路などに転用されているしだいです。

戸井線が実際に開業していたとしても、末端区間の利用は期待できず、開業しなかったのは正解でしょう。五稜郭と湯の川を結ぶ区間については活用方法もあったでしょうが、営業距離や利用目的などを考えると、むしろLRTのほうがよさそうです。

ところどころ橋脚が残っているほかは、なんということもない一般道路になっている区間が大半ですが、こういった歴史を知っていると、道路を歩くときの感銘も大きく変わってくるでしょう。

  1. JR貨物プレスリリース「駅名改称のご案内 ~6線区8ヶ所の駅名を改称します~」[PDF](2011年3月11日)。
  2. 北海道新聞・道南「函館から消える駅そば 五稜郭駅内、あす閉店 店舗老朽化ファン惜しむ」(2016年2月27日)。

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