歌志内線も上砂川支線も今は昔

砂川

すながわ Sunagawa
砂川駅
▲砂川駅駅舎《1993年9月14日撮影》

かつての石炭輸送の拠点のひとつ

砂川駅跨線橋
【写真1】砂川駅跨線橋。《1993年9月14日撮影》

砂川は、空知北部における石炭の輸送拠点として発展した町で、その玄関となるのが砂川駅です。ただし砂川市内には炭坑は存在せず、あくまでも集約拠点という位置づけでした。北海道炭礦鉄道によって開業した当時の鉄道ルートは、岩見沢-砂川-歌志内というもので、砂川はその中間駅でした。

ホームは2面3線から成り、2つのホームの間は跨線橋で連絡しています。

かつては2支線が分岐

上砂川支線ホーム
【写真2】上砂川支線ホーム。《1993年9月14日撮影》

かつて砂川駅からは、東側に存在していた炭坑で採掘された石炭を輸送するため、歌志内線、函館本線上砂川支線という2つのローカル線が分岐していました。

歌志内線は第2次特定地方交通線に指定され、一時は第3セクター鉄道化も検討されたものの、1988年4月25日に廃止されています。上砂川支線は函館本線の支線であったため国鉄改革法施行段階では生き残ったものの、結局あとを追うようにして1994年5月15日を最後に姿を消しました。

この上砂川支線の乗り場は本線から遠く離れた東側にあり、長く貧弱な跨線橋を渡り、未舗装で上屋なしのホームに、1両ぽっきりのワンマン列車が発着していました。

広い構内には空地が目立ちました

砂川駅構内を跨線橋より見る
【写真3】砂川駅構内を跨線橋より見る。《1993年9月14日撮影》

こういった経緯もあって構内は非常に広いのですが、私が訪れた当時は線路がはがされた土地がただただ広がっているのみで、特に再開発のめどが立っているようにも見えませんでした。現在ではどうなっているのでしょうか。

停車列車

確認中。

乗り場

確認中。

駅名の由来

確認中。

歴史

詳細は確認中。

1891年7月5日
開業。
1954年6月10日
駅舎改築[1]
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR北海道の駅となります。
1989年9月15日
「はまなす国体」開催にあわせ、新駅舎供用開始[2]
1988年4月24日
この日かぎりで歌志内線(第2次特定地方交通線指定、砂川-歌志内間)が廃止、バス転換となります。
1994年5月15日
この日かぎりで函館本線支線の砂川-上砂川間が廃止、函館本線単独の中間駅となります。

周辺の見どころ

確認中。

  1. 「北国の走者 年表 1954(昭和29)年~2006(平成18)年」『北国の走者II』(鉄道ピクトリアル2007年6月号別冊)電気車研究会、104ページ。
  2. 『鉄道ジャーナル』No.278(1989年12月号)鉄道ジャーナル社、120ページ。

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