部分廃止で生まれた中途半端な終着駅

新十津川

しんとつかわ Shintotsukawa
新十津川駅
▲新十津川駅駅舎《1993年9月14日撮影》

終着駅らしい雰囲気は感じられず

廃止された新十津川以北
【写真1】廃止された新十津川以北。しばらくはレールが残っています。《1993年9月14日撮影》

JR札沼線の終着駅です。札沼線はもともと、函館本線の桑園を起点、留萌本線の石狩沼田を終点とし、「札」幌と「沼」田を結ぶ形で走っていました。しかし札沼線の北部区間は閑散区間であり、新十津川-石狩沼田間が1972年6月に廃線バス化されたため、もともと中間駅だった新十津川が終着駅になったものです。もっとも、新十津川には特に主要駅らしい貫禄を感じることはできず、単なる中間駅と雰囲気が濃厚です。

もちろん無人化されており、砂利敷きのホームから誰もいない駅舎を通って外へ出ることになります。

駅周辺はゴーストタウン化

新十津川駅で折り返し準備中のディーゼルカー
【写真2】新十津川駅で折り返し準備中のディーゼルカー。《1993年9月14日撮影》

かつては列車交換が可能だったとみえ、向かい側に対向ホームの跡が単なる土盛りと化しつつ残っていました。

駅舎は木造のものが残っていますが、晩生内などと同様に待合室部分以外が取り除かれたコンパクトなものになっています。

駅は新十津川の市街地エリアに入ってはいますが、駅自体はその外れに位置しており、市街地は少し離れた国道沿いに形成されています。かつては駅前まで路線バスが入っていたといいますが、私が最初に訪れた1993年の時点ですでにバスの便はなく、駅直近に限ればゴーストタウンのような雰囲気でした。

新十津川駅から滝川駅へは石狩川を挟んで4kmほどなので、天候さえ悪くなければ徒歩連絡も可能です。地名は、奈良県十津川村の住民が入植したことによりますが、周辺の集落には「吉野」や「大和」などがあり、母村の名前を必死に残そうとする入植民の気概が感じられます。

駅名の由来

確認中。

歴史

詳細は確認中。

1931年10月10日
国有鉄道(鉄道省)札沼北線の中徳富(現、新十津川)-石狩沼田間が開業し、「中徳富(なかとっぷ)」駅開業。
1934年10月10日
札沼北線の浦臼-中徳富間が開業し、中間駅となります。
1943年10月1日
不要不急路線として、札沼線の石狩月形-石狩追分(現在は当該区間廃止)間が営業休止。
1953年11月3日
営業再開、この際に駅名を「新十津川(しんとつがわ)」に変更。
1972年6月18日
この日かぎりで札沼線の新十津川-石狩沼田間(「赤字83線」選定)が廃止、終着駅となります。
1979年1月31日
この日かぎりで貨物営業廃止。
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR北海道の駅となります。
1997年4月1日
駅名の読み方を「しんとつかわ」に変更。

周辺の見どころ

確認中。

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