炭都の玄関駅は街外れへ移転

夕張

ゆうばり Yubari
夕張駅
▲夕張駅駅舎《2003年10月25日撮影》

小ぶりな駅舎に片面ホーム

小ぶりで瀟洒な駅舎ですが、これは駅前にあるホテル「Mt.レースイ」のレイアウトにあわせたものです。ホテルはスキー場のすぐ脇にあり、スキー観光客の利便性を第一に図ったものといえます。

もっとも、最初からこの位置に駅があったわけではなく、開業当初からは炭鉱の積み出し地、のちにテーマパーク「石炭の歴史村」の入口となった位置に立地していました。石炭の搬出を目的としていた以上、鉱山の近くに駅を設けたのは自然なことでしょう。

しかし当地区での採炭が行われなくなると、1985年10月に市役所近くの市街地付近に移転しました。これは貨車を転用した粗末な駅舎があるのみの寂しいものだったといいます。

その後、観光開発での再起を図った夕張市は、その玄関口を大規模リゾートホテルへのアクセス拠点に据えることをはかり、1990年12月に夕張駅を現在位置に再移転させています。傾斜があるとはいえ、中間駅(新駅)を作るにとどめ、市街地にあった駅を残すことはできなかったのだろうかとも思いますが、それはあくまでも部外者の感想でしょう。

しかし、夕張の観光を担う第3セクターの多くは債務超過に陥り、夕張市の財政状況も極端に悪化、財政再建団体に指定されるにいたっています。駅舎の維持管理をしていた夕張市に、それを継続していく余裕はなく、ログハウスメーカーが駅舎の改修と維持管理を行い、駅舎内にはイタリアンカフェがオープンしたとのことです[1]

列車の乗り場は、片面ホーム1線のみという、シンプルそのもののものです。

駅名の由来

確認中。

歴史

かつては石炭搬出の拠点でしたが、国鉄末期にはすでに石炭列車は過去のものになっていました。

1892年11月1日
北海道炭礦鉄道によって、追分-夕張間が開通した際に開業。
1906年10月1日
北海道炭礦鉄道の国有化に伴い、国有鉄道(逓信省鉄道作業局)の駅となります。
1978年4月30日
この日かぎりで貨物営業廃止。
1985年10月13日
市役所裏手に移転。これに伴い夕張支線の営業キロは1.3km短縮されます。
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR北海道の駅となります。
1990年12月26日
Mt.レースイリゾート前に再移転。これに伴い夕張支線の営業キロはさらに0.8km短縮されます。
1991年9月7日
時計台付きの欧風駅舎に改築。

周辺の見どころ

確認中。

  1. 朝日新聞・北海道「夕張駅舎に再興のイタリアンカフェ開店」(2009年7月16日)。※2015年11月18日現在リンク切れ

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