上川地方北部の中心地

名寄

なよろ Nayoro
名寄駅
▲名寄駅駅舎《1999年12月15日撮影》

古い駅舎は町の顔

名寄駅に停車中の旭川行キハ40系ディーゼルカー
【写真1】名寄駅に停車中の旭川行キハ40系ディーゼルカー。《1999年12月16日撮影》

上川地方北部の中心地である名寄市の玄関口にあたる駅です。特急以下すべての列車が停車するほか、この駅で折り返す便が多く設定されています。

駅舎は年季の入った木造のもので、屋根のマンサードがにょこっと飛び出したところにのぞいている時計が印象的です。国鉄標準型ではなく、むしろ縦長窓などに独特のスタイルを見せています。外壁は新建材で改修されており、このため意外とソフトな印象を与えます。

待合室はかなり大きいスペースを確保しており、駅そばのスタンドも営業していました。駅弁の種類も豊富でしたが、販売していた「角舘商会」の廃業により現在はなくなっています。

旭川からこの名寄までの間の宗谷本線は高速化工事が施されましたが、駅舎には大きな手は加わっていないようです。

かつては4方向に線路が分岐

名寄駅に停車中の朱鞠内行キハ53形500番台
【写真2】名寄駅に停車中の朱鞠内行キハ53形500番台。《1993年9月16日撮影》

現在では宗谷本線単独の中間駅になっていますが、国鉄時代は東へ名寄本線が、西へ深名線が分岐するジャンクションで、多数の国鉄職員が居住していました。

北海道有数の豪雪地帯で、冬は非常に寒く、氷点下30度近くになることもままあります。その一方、夏はかなり気温が上がるため、名寄盆地には水田が広がっており、もち米の生産が盛んです。

停車列車

確認中。

乗り場

確認中。

駅名の由来

確認中。

歴史

詳細は確認中。

1903年9月3日
北海道官設鉄道によって士別-名寄間が開業し、名寄駅開業。
1905年4月1日
北海道官設鉄道が官設鉄道(逓信省鉄道作業局)に継承されます。
1911年11月3日
国有鉄道(内閣鉄道院)天塩線の名寄-恩根内間が開業し、中間駅となります。
1919年10月20日
国有鉄道(内閣鉄道院)名寄線の名寄-下川間が開業し、分岐駅となります。
1937年11月10日
国有鉄道(鉄道省)名羽線の名寄-初茶志内(後の天塩弥生)間が開業。
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR北海道およびJR貨物の駅となります。
1989年4月30日
この日かぎりで名寄本線(第2次特定地方交通線指定)全線廃止。
1995年9月3日
この日かぎりで深名線全線廃止、宗谷本線単独駅となります。
2009年6月30日
この日かぎりで駅弁営業終了[1]
2016年12月20日
この日かぎりでキヨスク営業終了[2]

周辺の見どころ

確認中。

  1. 名寄新聞「6月末で最北の駅弁を廃業 名寄市の角舘商会・老舗「のれん」を惜しむ声も」(2009年5月19日)。
  2. 北海道新聞「最北のキヨスクが閉店 JR名寄駅で61年」(2016年12月21日)。

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