かつては島式ホーム
岩峅寺を出ると、立山線は常願寺川が形成した谷をのぼっていき、高原鉄道の雰囲気が色濃くなってきます。
横江はもともと島式ホーム1面2線から成る駅で、現在もホーム上の待合室には「2番線← →1番線」という表示がありますが、北側(立山方に向かって左側)のレールは撤去されており、単式ホームの棒線駅となっています。
岩峅寺を出ると、立山線は常願寺川が形成した谷をのぼっていき、高原鉄道の雰囲気が色濃くなってきます。
横江はもともと島式ホーム1面2線から成る駅で、現在もホーム上の待合室には「2番線← →1番線」という表示がありますが、北側(立山方に向かって左側)のレールは撤去されており、単式ホームの棒線駅となっています。
上で述べたとおりもとは島式ホームだったことがはっきりわかるホームがあり、その中ほどに木造の待合室があります。この待合室は窓枠がアルミサッシになっており、内部はきれいに清掃されていました。北側のかつての線路跡は草むしているもののところどころに木の枕木がうち捨てられ、また南側は少し広くなっておりレールが積まれていました。
かつての構内踏切の跡が寺田方にあり、ここを通って駅舎へと向かいます。有人駅時代には通路周辺もよく手入れされていたと思われますが、今では草が覆っています。
駅舎は木造平屋建ての小ぶりなもので、木製のラッチがそのまま改札に残っています。駅舎内のスペースはごく狭いのですが、ちゃんと引き戸がついているため、寒冷期でも列車待ちは十分可能です。
横江駅のホーム自体は開けたところにあるのですが、駅舎のすぐそばには高い木が茂っており、また駅前まで入る道路が狭いこともあって、小ぶりなこの駅舎もなかなか全体を見通すことはできません。それでも、【写真5】のような角度から見ると、ごく小さなひさしが設けられているのみで、富山地鉄の木造駅舎の中でも、特にシンプルなスタイルのものといってよいことがわかります。
横江駅の周辺には特にまとまった集落があるわけではなく、駅正面の細い道を進むとすぐに立山街道に出ます。この一帯には畑が多くつくられています。
各停のみが停車します。
確認中。
南富山から線路を延ばしてきた富山県営鉄道が、1921年10月11日に岩峅寺から(旧)横江まで路線を延伸した際には当駅は設けられず、1931年8月になって「尖山」という名称で開業しました。その後1965年4月15日に尖山を「横江」に、それまでの(旧)横江を「上横江」に改称し、横江の名称が別の駅にシフトしています。なお、上横江駅は現在の横江駅より立山方に0.5km寄ったところにありましたが、1997年3月末かぎりで廃止されています。
確認中。