北関東一の工業都市の玄関口

日立

ひたち Hitachi
日立駅
▲日立駅駅舎《2004年3月28日撮影》

STATION PROFILE

 

旅客ホームは切り通しの中にある1面2線で、下りホームが島式となっている。駅舎はメインの北口(上記写真)と海岸口の2つがあり、いずれも地平と同じ高さに設けられている。また貨物営業も行われており、西側には多くの側線が広がっている。

駅前はきれいに整備されている。現在の駅舎は、1986年6月25日使用開始、総工費9,000万円。

停車列車

確認中。

乗り場

確認中。

駅名の由来

確認中。

歴史

日本鉄道開通時に「助川」の駅名で開業。1906年11月1日に国有化されたのち、日立市が誕生するのにあわせ、1939年10月20日に現駅名に改称された。日立市は日立製作所およびその関連企業の町として発展してきたが、それの玄関口として今にいたる。

  • 【1897年2月25日】 開業。

周辺の見どころ

共楽館

駅北口正面を進み国道6号線を右折、市役所の先を左折し徒歩20分。日立鉱山が、従業員の福利厚生のために建設した娯楽施設で、木造2階建、1917年8月に竣工。東京・歌舞伎座の構造を模して造られたといわれ、唐破風の屋根や格天井などが目を引く。各種の芝居や演劇が上演される舞台としてにぎわいを見せた。1967年10月1日に日本鉱業から日立市へ寄贈され、現在は日立武道館として利用されている。1999年7月、国の登録有形文化財。

助川海防城跡

駅北口正面を進み国道6号線を左折、日製病院の手前を右折し徒歩20分。太平洋を航海する異国船から沿岸を防御する目的で、1836年に築かれた。当時の水戸藩主・徳川斉昭の尊王攘夷論に基づくもので、家老・山野辺家の屋敷を移築するという名目で建造され、助川館と呼ばれたが、1864年に同藩の内乱で消失。周辺は公園として整備されている。

2004年9月1日

このページの先頭へ