国定忠治の墓が近くに

国定

くにさだ
Kunisada
国定駅
国定駅駅舎。2014年4月7日

2面3線の配線

国定駅ホーム(奥は新前橋方)
写真1国定駅ホーム(奥は新前橋方)。2014年4月7日

国定駅は、岩宿と同様に2面3線の交換可能な配線になっています。島式ホーム上には待合室が設けられています。

跨線橋と自由通路が別々に

国定駅ホーム(奥は小山方)
写真2国定駅ホーム(奥は小山方)。2014年4月7日

跨線橋は駅の前橋方にあり、反対側には南北自由通路が設けられています。このパターンは橋上駅舎化される典型的な例ともいえるため、この駅舎もいつまで持つか気がかりではあります。

古い木造駅舎が現役

国定駅駅舎内
写真3国定駅駅舎内。2014年4月7日

上州が産んだ任侠である国定忠治の出身地として知られる国定には、昔ながらの古い木造駅舎がそのままに使われています。

国鉄時代の雰囲気をよく残します

国定駅玄関前
写真4国定駅玄関前。2014年4月7日

上玄関部分の増築や窓枠のアルミサッシ化など改修は施されていますが、切妻屋根にぐるりとまわる大ひさしなどはそのままです。

また、駅舎と別に木造の小ぶりな倉庫なども残っており、全体的に旧国鉄駅らしい雰囲気を今にとどめています。

駅周辺には集積拠点はなく

国定駅駅前
写真5国定駅駅前。2014年4月7日

駅は旧東村の玄関駅ですが、駅前に商店街が形成されているわけではなく、住宅と畑がぱらぱらと並んでいるという状態です。利用者の多くも自転車の利用や自動車での送迎のようでした。

乗り場

北側(駅本屋側)から順に1番線、2番線、3番線となります。

  • 1.両毛線 桐生、小山方面
  • 2.両毛線 前橋、新前橋方面
  • 3.両毛線 前橋、新前橋方面

駅名の由来

確認中。

歴史

詳細は確認中。

略年表(クリックまたはタップで開閉)
1889年(明治22年)11月20日
両毛鉄道の桐生-前橋間が開業した際、国定駅開業。当初は旅客のみの取り扱いでした。
1897年(明治30年)1月1日
両毛鉄道が日本鉄道に譲渡され、同社の駅となります。
1906年(明治39年)11月1日
日本鉄道が国有化され、官設鉄道(逓信省帝国鉄道庁)の駅となります。
1910年(明治43年)8月11日
貨物営業開始。
1961年(昭和36年)9月30日
この日限りで貨物営業廃止。
1987年(昭和62年)4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR東日本の駅となります。

駅周辺

確認中。

近隣の見どころ

国定忠治の墓

駅から東へ、徒歩12分。江戸時代後期の侠客である国定忠治を葬った墓。全体が丸くなっているのは、忠治の墓の欠片を身につけると金運に恵まれるという言い伝えがあり、参拝者が次々に墓石を削ったためだとか。参拝自由。

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