赤いトンガリ屋根が印象的な駅

和泉砂川
いずみすながわ
Izumisunagawa

和泉砂川駅

 泉南市の東側の玄関口となっている駅で、阪和線としては大阪平野の最後の駅となります。

 ホームは地上にあり、島式2面4線となっているほか、かつて貨物列車を扱っていたスペースに作業用車両が留置されています。

 各ホームは古い跨線橋で連絡しており、東西に設けられた出口にそれぞれ連絡しています。双方とも、赤い三角屋根が遠目に目立つ木造駅舎をかまえており、おそらく戦前に作られたものと思われます。おのおの駅員が配置されています。

 駅のメインは西口となっており、駅前が少し広くなったところにタクシーが止まっています。駅前には古くからの個人商店が並んでいます。改札よりやや北側まで延びる駅舎に、旅行センターが入居しています。

 一方東口は、西口よりもさらに小さい駅舎で、トンガリ屋根が観光地を意識させる造形になっています。これは、東口近くにあった観光名所、砂川遊園へのアクセスを考えてデザインしたためでしょう。砂川遊園は、阪和線の前身である阪和電気鉄道が沿線に設けた遊園地ですが、現在はその痕跡さえありません。

和泉砂川駅東口駅舎

東口にもコンパクトな駅舎があり、駅員が配置されています。《2005年8月6日撮影》

 駅舎は東西とも、赤とピンクの中間のような色の屋根になっていますが、ホーム屋根はこれよりやや薄いピンク色の柱で支えられています。

和泉砂川駅ホーム

駅ホームの屋根支柱はピンク色になっています。《2005年8月6日撮影》

 駅の周辺には大規模商業施設などはなく、比較的静かな雰囲気ですが、駅を取り囲むように大規模な宅地開発が進んでおり、駅前の風景が変わるのも時間の問題のように思われます。

乗り場

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駅名の由来

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歴史

 阪和電気鉄道が、和泉府中-阪和東和歌山(現・和歌山)を開業させた際に設置された駅で、当初は「信達(しんだち)」と称していました。1932年に「阪和砂川」と改称しています。さらに、南海に合併した1940年12月1日には「砂川園」と改称し、駅近くの渓谷へのアピールを行いましたが、1944年5月1日の国有化の際に、現在の「和泉砂川」に改称されました。開業後15年たらずの間に、4つの名称を経てきたことになります。

 阪和線の中では比較的遅くまで貨物営業を行っていましたが、これも1981年9月末かぎりで廃止されました。

周辺の見どころ

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【泉南信達牧野郵便局】駅西口から北西へ、徒歩8分。未訪。
【泉南砂川郵便局】駅東口から東へ、徒歩10分。未訪。

2006年1月5日

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