膳所 【未乗降】

ぜぜ Zeze
膳所駅
▲膳所駅《2008年2月8日撮影》

 

停車列車

確認中。

乗り場

確認中。

駅名の由来

膳所の地名は、かつてこの地が琵琶湖で採れる新鮮な海産物を朝廷に献上したところからきたとされますが、「ぜぜ」と呼ぶようになった理由についてははっきりしないようです。「ぜぜ」→「瀬々」より、水量を調整する干拓地か漁場でもあったのでしょうか。

歴史

膳所駅は、東海道本線の開通とルート変更、さらに2つの私鉄の乗り入れなどがあり、非常に変化に満ちた歴史を歩んできました。

1880年7月15日
官鉄の大谷(現在は廃止。京阪京津線大谷駅付近)-馬場-大津(のちの浜大津、現在は廃止)が開業した際に、中間駅「馬場」として設置され、京都方面からの線路が結ばれました。この当時は湖南・湖東方面へは鉄道での連絡はなく、大津から航路で連絡していましたが、将来的に湖南経由での接続が考慮され、スイッチバック式の配線となりました。
1889年7月1日
関ヶ原-米原-草津-馬場が開通し、米原方面とも接続するようになり、もって東海道本線の東京-神戸が全通しました。なお本ページでは、この日をもって開業日としています。
1913年3月1日
大津線(馬場-大津:1909年に独立した路線となる)の旅客営業が廃止されて東海道本線の名無し支線となり、旅客のみの中間駅(石場、紺屋関)は廃止、大津駅は貨物駅となります。旧大津線区間には大津電車軌道が第三軌条を敷設して乗り入れたため、馬場-大津の旅客営業が大津電車軌道に移管されるような形になりました。
1913年6月1日
「大津」と改称。それまでの大津駅は「浜大津」と改称されました。
1921年8月1日
大津-京都の新ルート開業に伴い、「馬場」と改称のうえ貨物専用駅となり、馬場-(新)大津-(新)山科-京都が開通、馬場-大谷-(旧)山科-稲荷の旧ルートは前日かぎりで廃止されました。
1934年9月15日
「膳所」と改称し、旅客営業が復活します。
1947年1月25日
江若鉄道が浜大津から膳所へ乗り入れるようになりました。
1965年7月10日
江若鉄道の浜大津-膳所間の営業廃止。これとともに国鉄の営業も事実上終了し、この区間は京阪石山坂本線の運行のみとなります。
1969年10月31日
この日かぎりで膳所-浜大津間の営業廃止。
2017年6月24日
橋上駅舎および南北自由通路供用開始[1]

周辺の見どころ

確認中。

  1. JR西日本プレスリリース「琵琶湖線膳所駅橋上駅舎および南北連絡通路の供用開始(6月24日始発電車から)」(2017年5月26日)。

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