停車列車 [2018年2月現在]
新快速は通過します。
駅名の由来
膳所の地名は、かつてこの地が琵琶湖で採れる新鮮な海産物を朝廷に献上したところからきたとされますが、「ぜぜ」と呼ぶようになった理由についてははっきりしないようです。「ぜぜ」→「瀬々」より、水量を調整する干拓地か漁場でもあったのでしょうか。
歴史
膳所駅は、東海道本線の開通とルート変更、さらに2つの私鉄の乗り入れなどがあり、非常に変化に満ちた歴史を歩んできました。
- 1880年7月15日
- 官鉄の大谷(現在は廃止。京阪京津線大谷駅付近)-馬場-大津(のちの浜大津、現在は廃止)が開業した際に、中間駅「馬場」として設置され、京都方面からの線路が結ばれました。この当時は湖南・湖東方面へは鉄道での連絡はなく、大津から航路で連絡していましたが、将来的に湖南経由での接続が考慮され、スイッチバック式の配線となりました。
- 1889年7月1日
- 関ヶ原-米原-草津-馬場が開通し、米原方面とも接続するようになり、もって東海道本線の東京-神戸が全通しました。なお本ページでは、この日をもって開業日としています。
- 1913年3月1日
- 大津線(馬場-大津:1909年に独立した路線となる)の旅客営業が廃止されて東海道本線の名無し支線となり、旅客のみの中間駅(石場、紺屋関)は廃止、大津駅は貨物駅となります。旧大津線区間には大津電車軌道が第三軌条を敷設して乗り入れたため、馬場-大津の旅客営業が大津電車軌道に移管されるような形になりました。
- 1913年6月1日
- 「大津」と改称。それまでの大津駅は「浜大津」と改称されました。
- 1921年8月1日
- 大津-京都の新ルート開業に伴い、「馬場」と改称のうえ貨物専用駅となり、馬場-(新)大津-(新)山科-京都が開通、馬場-大谷-(旧)山科-稲荷の旧ルートは前日かぎりで廃止されました。
- 1934年9月15日
- 「膳所」と改称し、旅客営業が復活します。
- 1947年1月25日
- 江若鉄道が浜大津から膳所へ乗り入れるようになりました。
- 1965年7月10日
- 江若鉄道の浜大津-膳所間の営業廃止。これとともに国鉄の営業も事実上終了し、この区間は京阪石山坂本線の運行のみとなります。
- 1969年10月31日
- この日かぎりで膳所-浜大津間の営業廃止。
- 2017年6月24日
- 橋上駅舎および南北自由通路供用開始[1]。