エントランスと明るい屋根が美しい駅

坂本比叡山口

さかもとひえいざんぐち Sakamotohieizanguchi
坂本比叡山口駅
▲坂本比叡山口駅駅舎《2005年8月10日撮影》

 

坂本比叡山口駅ホーム。
【写真1】坂本比叡山口駅ホーム。三角屋根からの採光がよく開放的です。《2005年8月10日撮影》

石山坂本線の終着駅で、近江坂本地区の玄関駅であるとともに、比叡山への滋賀県側からのアクセス拠点でもあります。

1面2線から成る頭端式の地平駅で、駅舎は線路と垂直の向きに建っています。自動改札機が導入されていますが「スルッとKANSAI」には非対応なので、「スルッとKANSAI3dayパス」などを利用する場合は有人改札口を利用する必要があります。

駅舎は1997年に改築された新しいもので、ゆるやかな曲線を描くファサードが印象的です。この種の駅舎は、得てして“見てくれ優先”となり、機能性にしても旅客の動向を一方向に規定する形になりがちですが、この坂本駅のよいところは、人が使うところは徹底的に機能的になっているいっぽう、歩くたびに目に入る光景が変化する点です。そして、駅の利用者が想像できるであろう題材をデフォルメしつつ、しかし強く自己主張することなくまとまっている。そんな印象を受けます。坂本という、お世辞にもメジャーではない観光地の窓口として、まことに適した駅であると感じます。

ホーム屋根は三角形に切り立っており、開放的な印象を受けます。

駅の正面はゆったりしたスペースになっており、このうち玄関部分と同じ幅の部分が、あたかも社寺の参道における石畳のようになっており、その右手には復元されたと思われる石垣が見られます。私が下車したときには観光案内などの垂れ幕やポスターも正面から見えるところには掲げられておらず、非常にスマートです。

近江坂本は、湖北と京を結ぶ水運と陸運の中継拠点であるとともに、日吉大社の門前町、比叡山延暦寺の膝元として繁栄しました。室町時代末期、叡山焼き討ち後に織田信長の部将、明智光秀がこの地を本拠地として整備したころが最盛期だったものの、山崎の戦い後の明智宗家滅亡後は衰退しました。しかし、現在も里坊が多く並び、穴太衆積みの石垣が道路沿いなど随所に見られ、独特の景観を形作っています。名所を回るというより、時間をかけて町を散策するのに適しているといえましょう。

乗り場

西側から順に、1番線、2番線となります。

  • 1-2.石山坂本線 びわ湖浜大津、石山寺方面

駅名の由来

確認中。

歴史

琵琶湖鉄道汽船が松ノ馬場から延長して開業しました。当初から複線で開業していましたが、戦時中の1945年3月31日に穴太-坂本は金属供出のため単線化されます。当該区間が再び複線化されたのは、40年以上を経た1997年9月のことで、同時に坂本駅の新駅舎が供用開始されました。

1927年8月13日
開業。
2018年3月17日
駅名を坂本から「坂本比叡山口」に変更。

周辺の見どころ

日吉大社

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滋賀院門跡

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西教寺

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その他

  • 第1回「近畿の駅百選」(国土交通省近畿運輸局)選定駅。

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