工業地帯の中に隠れるように位置

築港町 【廃止】

ちっこうちょう Chikkocho
築港町駅
▲築地橋駅駅《2005年7月17日撮影》

このページは、駅廃止前の情報をもとに記載しています。

 

築港町駅ホーム
【写真1】築港町駅の屋根は立派で、ホーム上の設備だけでは和歌山港線中間3駅の中ではいちばんしっかりしています。《2005年7月17日撮影》

築地橋を出た南海電車は、住宅と工場が混在する中を走っていきますが、道路と線路敷の間に柵がないところも多く、なんともおおらかです。建っている工場の規模が大きくなり、港湾からの積み出し用貨物などが目につくようになると、和歌山港線第三の中間駅、築港町です。

築港町駅のホーム屋根は比較的しっかりしたもので、和歌山港線中間3駅の中では、旅客がいちばん待ちやすい駅になっています。

 

築港町駅駅前道路
【写真2】写真右側、踏切脇にある草藪が駅の入口ですが、このあたりに駅があるはずと探さないかぎり、目に付くことはまずないでしょう。《2005年7月17日撮影》

ところが、駅へのアプローチが存外たいへんです。駅の南西側には道路が通っており、線路を踏み切りで横切ります。この踏切はよく目立つのですが(目立たなければ危険なので当然ですね)、駅はさっぱりわかりません。和歌山港線中間三駅に共通するとおり、駅名を示す標識などが皆無であるだけでなく、この駅の場合は、ホームや屋根など、鉄道駅を示すものが、すぐ近くまでいかないと認識できないのです。具体的には、上の写真の踏切右側手前に藪がありますが、ここが駅の入口であるなど、まずわからないでしょう。その駅正面が、冒頭に掲示した写真のごとく、藪を踏み分けてできた通路(?)をかきわけていくのでは、電車に乗ろうという気にはならないでしょう。かつての水軒駅と似たような出入り口になっています。

周囲には民家が皆無というわけではなく、平行道路には路線バスがそこそこの本数にて運行されており、一定の需要はあるのですが、駅そのものが利用をためらわせる存在になっている観が否めません。利用客は、和歌山港線中間三駅の中でも最も少なく、2004年度の1日平均乗降人員は、わずか38人です。

駅名の由来

確認中。

歴史

開業当初は「和歌山港」を名乗っていました。これは、駅北側(上の写真の突き当たり)にフェリーターミナルがあったためですが、これが南西に移転したために和歌山港駅も移動し、1971年3月6日に現駅名に改称しています。

1956年5月6日
開業。
2005年11月26日
この日かぎりで築港町駅廃止[1]
  1. 南海プレスリリース「和歌山港線中間3駅(久保町・築地橋・築港町)の廃止予定日決定について」[PDF](2005年5月13日)。

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