中泉は、かつて石炭搬出の拠点として繁栄した駅のひとつで、各方面に支線を分岐させていましたが、現在はすべて撤去され、単純な相対式ホーム2面2線のみのシンプルな駅になっています。
木造平屋建ての駅舎が健在ですが、駅務室部分は理髪店として利用されており、駅入口正面にもねじり棒が立っています。乗車券類の委託販売なども行われていないようで、単純に駅舎という既存の建物に入居しているだけといってよいのでしょう。なお、待合室部分は従来どおり旅客の利用スペースとなっているため、全室を他目的に利用している糒や勾金とは異なり、駅舎としての機能は今でも備えています。
中泉駅駅舎をホーム側から見ると、純然たる鉄道の設備としか見えません。小さな三色ねじり棒が控えめに存在をアピールしています。《2008年11月2日撮影》
広い駅構内はかつての栄華を語っていますが、その大半は草地となっており、今では折り返し設備さえない単なる中間駅です。両ホームの間は跨線橋で連絡しています。上り(直方方面行き)ホームには、駅舎よりも古いのではと思われる年代ものの待合室があります。
かつては中線を備え、多数の側線があったと思われる駅構内も、現在では複線と相対式ホームから成るのみです。上りホームの待合室もけっこうな年代もの。《2008年11月2日撮影》
上りホームの跨線橋脇には通路があり、ここから駅舎と反対側に出ることができます。
中泉駅上りホームを発車するディーゼルカー。駅舎へ行くには跨線橋を上りますが、左側から駅の外に出ることもできます。《2008年11月2日撮影》
駅の周辺は農村地帯となっており、駅本屋側には集落が、反対側には水田が広がっています。すでに炭鉱地帯であった面影はほとんど見あたりません。
番線表示は未確認です。
駅名の由来
泉のある本村という意
[1]という説もありますが不詳。
歴史
筑豊の古い駅らしく、炭鉱の盛衰とともに歩んできた駅です。
- 【1893年2月11日】 九州興業鉄道直方-金田開業。この時点では中泉駅は開設されていませんでした。
- 【1898年2月9日】 中泉駅、一般駅として開業。
- 【1898年3月29日】 中泉-日焼の貨物支線が開業、途中に藤棚駅設置。
- 【1897年10月1日】 筑豊鉄道が九州鉄道に合併され、九州鉄道の駅となります。
- 【1900年1月1日】 大城第一分岐点(中泉駅と藤棚貨物駅の間に設置された分岐点)-大城第一(貨物駅)の貨物支線が開業。
- 【1907年7月1日】 九州鉄道が国有化されます。
- 【1930年4月1日】 中泉-赤池(貨物駅)の貨物支線が開業。なお、この支線は伊田線本線上に赤池駅が設置された1937年6月25日に分岐駅を赤池に変更、赤池(貨物駅)は「赤池炭坑」と改称しています。
- 【1945年6月9日】 この日かぎりで藤棚、日焼両駅を中泉に統合、貨物支線廃止。
- 【1964年2月24日】 この日かぎりで大城第一貨物支線廃止。
- 【1974年3月4日】 この日かぎりで貨物営業廃止。
- 【1987年4月1日】 国鉄の分割民営化に伴い、JR九州の駅となります。
- 【1989年10月1日】 特定地方交通線転換に伴って平成筑豊鉄道の駅となります。
- 【1991年5月--日】 駅舎に理髪店が入居。
周辺の見どころ
確認中。
- [1] 村石利夫『JR・第三セクター 全駅名ルーツ事典』2004年、東京堂出版、272ページ。