線路の両脇に迫る台地がいったん途切れて広くなると、石原町駅に到着します。駅の構内から駅前広場にかけて、たくさんのネコがうろついている駅でもあります。
駅本屋側の片面ホーム、反対側の島式ホーム、外側に側線、ホーム中ほどには構内踏切があるという、かつての国鉄駅に典型的な配線が今なお残っています。
かなり改修されているものの、けっこうな年代物である木造平屋建ての駅舎は、その隣にある鉄道施設とつながっており、ホーム側で見る以上に大きいもので、この駅における業務量がかつては相当なものだったことをうかがわせます。駅舎本体の外装は下見板貼りにスレート屋根という平凡なものですが、正面左側が寄棟で右側が曲家構造にしているのがユニークなところです。九州の駅舎には、軸が一直線になっているという共通点が見られますが、旧小倉鉄道の駅にはこのように駅務室部分が垂直になっているという特徴があります(採銅所も同じ形状)。
駅の改札周辺には、駅員によるものか地元の人の手によるものか、盆栽や花がきれいに手入れされており、モノトーン調の駅の風景に彩りを添えています。
駅前には広場が整備されており、タクシーが常駐しています。コンクリートで舗装されていますがかなり荒れ気味です。この広場は、冒頭で記したネコの生活の場と化しています。なお、駅前広場脇の広い駐車場になっている一角は、かつて貨物側線が広がっていた区画と思われます。
島式ホームに立つと、ホーム自体は長いものの幅は狭いのがわかります。戦前からの産業路線だったとはいえ、もともと私鉄だったため設備もかぎられているのでしょうか。
北九州地区に最後まで残っていた貨物搬出拠点駅で、この石原町から少し南へ進んだ地点から三菱マテリアルの工場まで専用線が伸び、石灰石を輸送する貨物列車が行き来していました。当時は、窓口営業もJR貨物がJR九州より委託を受けて行っていました。しかし、貨物輸送は1996年3月までで終了し、現在では貨物列車の姿を見ることはできず、貨物営業自体も廃止されています。
現在では昼間時間帯のみ窓口営業が行われています。駅周辺にはセメント関連の工場がいくつか立地していますが、周囲の住宅が特に多いわけではなく、貨物列車が消えた現在では旅客営業上さほど大きい駅とはいえなくなっています。平尾台へ向かうハイキングコースの入口にあたるため、週末にはハイカーの利用も見られます。
朝の上りに1本設定されている快速が停車します。
ホーム上には番線表示はありませんが、駅掲示の時刻表に掲載されていた番号によります。
確認中。
路線開通当時からの駅です。
駅よりタクシーで約15分(路線バスは廃止されています)。北九州市小倉南区南部を中心に広がるカルスト地形で、地上には羊の群れのように石灰石が露出しているほか、あちこちに落とし穴のような小凹地(ドリーネ)が見られます。また、大小さまざまな鍾乳洞があり、内部に入ることができるものもあります。石灰岩が大理石化しておりほとんど化石を産出しませんが、酸化ケイ素の純度が高く、周辺一帯からは良質の石灰石が採掘されています。カルスト地形や鍾乳洞として有名な秋吉台および秋芳洞と比較して交通の便がよくないため、比較的近隣からのハイキング客が多いようです。近年「平尾台自然の郷」が整備され、観光客の掘り起こしが試みられています。
2008年11月25日
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