下北半島の付け根に

野辺地

のへじ Noheji
野辺地駅
▲野辺地駅駅舎《2016年6月25日撮影》

長らく運行上の要衝

野辺地駅ホームに停車中の下り列車
【写真1】野辺地駅ホームに停車中の下り列車。《2010年12月5日撮影》

下北半島の付け根の部分に位置している野辺地は、鉄道にとっても運行上の要衝で、東北本線と大湊線の分岐駅として、多くの列車が行き交ってきました。

東北新幹線の八戸-新青森間開通に伴い、JR東北本線の八戸-青森間が青い森鉄道に移管されると、ここ野辺地駅も青い森鉄道の管理駅となりました。特急列車が消えたため華やかさはなくなったものの、運行上の拠点としての位置は変わらず、現在も全旅客列車が停車します。

なお、分岐している大湊線はJR東日本の運営のままなので、日本で唯一(当時)、他のJR線に接続していないJR線になってしまいました。また「青春18きっぷ」で、通過連絡特例が初めて設けられるなど、営業上では大きな変化がありました。

3面5線から成ります

野辺地駅を発車する上り列車
【写真2】野辺地駅を発車する上り列車。《2016年6月25日撮影》

島式ホーム2面4線と、駅舎前の1面1線から成ります。このうち、駅舎前ホームはJR大湊線区間列車が使用していますが、大湊線と青い森鉄道線を直通する列車も多く、これらは島式ホームのうちいちばん駅舎側に出入りします。

かつては、大湊線の列車が東北本線と別に改札を行っていることがありましたが、東北本線が青い森鉄道に移管されて以降の扱いについては、特にそういった区別はないようです。

駅の西側には大きな防雪林

野辺地駅に隣接する鉄道防雪林
【写真3】野辺地駅に隣接する鉄道防雪林。跨線橋より撮影。《2010年12月5日撮影》

各ホームの間は跨線橋で結ばれています。かつて、駅の南西側には南部縦貫鉄道の野辺地駅がJR野辺地駅とは別個に設けられており、そちらへ跨線橋がつながっていましたが、南部縦貫鉄道廃止後に跨線橋は短縮され、南部縦貫鉄道の駅舎やホームも撤去されました。

駅西側一帯には大きな防雪林がありますが、これは鉄道防雪林としては本邦初のものといわれています。ホームから石碑が建っているのが見えますが、ここへ行くには駅北側の踏切をわたり、ぐるりと西側へ大回りする必要がありますが、見に行くことは可能です。

跨線橋も年代物

野辺地駅跨線橋
【写真4】野辺地駅跨線橋。《2016年6月25日撮影》

跨線橋自体もそれなりの年代物のようですが、主要駅という位置づけのためか、幅がやや広めに設けられています。窓下の空間は実質的に掲示板と化していますが、掲示スペースとしてはやや広すぎる感がなきにしもあらず。照明灯はレトロ風のものが設置されています。

1番ホームにJR仕様の案内

野辺地駅1番ホーム前
【写真5】野辺地駅1番ホーム前。《2016年6月25日撮影》

青い森鉄道移管後、番線表示や駅名標などは青い森鉄道仕様のものに切り替えられていますが、駅本屋前の1番ホームは大湊線専用ということもあってか、ここだけJR東日本仕様の番線表示と駅名標があります。

1番ホーム脇には、丸いスペースがあって、常夜灯のミニチュアが置かれています。

移管当初は大湊線が専用ホームに

かつての大湊線乗り場出入口
【写真6】かつての大湊線乗り場出入口。《2010年12月5日撮影》

東北本線が青い森鉄道線に移管された直後は、大湊線の改札は別に行われており、乗り場案内も完全に分かれていました。その後、大湊線から青い森鉄道線へ直通する便が増えたためか、「大湊線乗り場」という案内はいつしか消えています。

営業上でも拠点駅

野辺地駅改札口と出札窓口
【写真7】野辺地駅改札口と出札窓口。《2016年6月25日撮影》

青い森鉄道では、有人駅でも早朝夜間は無人になる駅が多いのですが、ここ野辺地は早朝から深夜まで窓口営業を行っています。厳密に始発から終車までというわけではありませんが、時刻表のワンマン列車案内表示を見るかぎり、窓口営業時間外でも集改札は行っているようです。

また、出札窓口に隣接して「青い森たびショップのへじ」と称して旅行代理店業務を行い、JRの乗車券類を販売しています。

窓口向かいには売店が

野辺地駅キヨスク
【写真8】野辺地駅キヨスク。《2016年6月25日撮影》

窓口の向かいには売店があり、駅構内売店の少なくなった青い森鉄道各駅では貴重な存在です。三沢とともに「KIOSK」のロゴが独特で、旧鉄道共済会系のものとは異なると思われますが、運営会社については確認していません。

待合室内には立ち食いそばも

野辺地駅立ち食いそば(NRE経営当時)
【写真9】野辺地駅立ち食いそば(NRE経営当時)。《2010年12月5日撮影》

脇に入ると待合室が設けられており、その一角には立ち食いそば屋が営業しています。かつては日本レストランエンタプライズ(JR東日本系)の経営でした。

立ち食いそばの経営は地元業者に

野辺地駅立ち食いそば
【写真10】野辺地駅立ち食いそば。《2016年6月25日撮影》

NREはその後撤退し、現在は地元資本で「駅そばパクパク」が営業を継承しています。線路側にテーブルとスツールを並べたスペースが用意されており、ここでいただくことができました。

駅は町の中心部から少し離れて

野辺地駅駅前
【写真11】野辺地駅駅前。《2016年6月25日撮影》

駅舎は鉄筋コンクリート平屋建てで、JR時代のものをそのまま利用しています。

野辺地駅前には大きな広場が設けられ、タクシーが常駐しているほか、路線バスや送迎の自動車が頻繁に出入りしています。

旅館や商店、食堂なども立地していますが、野辺地駅の中心市街地は野辺地川を渡って北東2kmほどのところにあります。人口密度があまり高くはなく、広い地域に民家が散在している町でもあり、中心市街地から離れていても閑散としているわけではありませんが。町の中心部から離れているという点では、八戸や三沢も同様で、とにかく青森へとまっすぐ線路が敷設されたことによるのでしょう。

停車列車 [2016年6月現在]

全列車が停車します。

乗り場

北東側(駅本屋側)から順に、1番線、2番線…となります。

  • 1.大湊線下り 陸奥横浜、大湊方面
  • 2.大湊線下り 陸奥横浜、大湊方面(青い森鉄道線直通列車)/青い森鉄道上り 三沢、八戸方面
  • 3.青い森鉄道上り 三沢、八戸方面
  • 4.青い森鉄道下り 浅虫温泉、青森方面
  • 5.青い森鉄道下り 浅虫温泉、青森方面

駅名の由来

確認中。

歴史

日本鉄道開業当初からの駅です。なお、本項では現在の青い森鉄道の直接の前身に当たる旧東北本線の歴史について説明します。

1891年9月1日
日本鉄道の盛岡-青森間が開業した際、野辺地駅開業。
1906年11月1日
日本鉄道が国有化され、官設鉄道(逓信省鉄道局)の駅となります。
1968年8月5日
国鉄東北本線が複線電化に伴い、千曳-野辺地間が新線に移行。旧線は南部縦貫鉄道が継承したため、国鉄と南部縦貫鉄道の接続駅となります(それまでは千曳駅で接続)。
1984年1月31日
この日限りで南部縦貫鉄道の貨物営業廃止。
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR東日本の駅となります。
1997年5月5日
この日かぎりで南部縦貫鉄道の営業休止(正式な廃止日は2002年8月1日)。
2010年12月4日
東北新幹線新青森開業に伴い、JR東日本の八戸-青森間が青い森鉄道に移管され、同社の駅となります。なお、大湊線はJR東日本として存続。

周辺の見どころ

確認中。

その他

  • 野辺地駅に隣接する鉄道防雪林は、国鉄指定の鉄道記念物。

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