木訥な木造駅舎は震災にも耐えて

鹿島

かしま Kashima
鹿島駅
▲鹿島駅駅舎《2011年12月25日撮影》

中線は撤去されています

鹿島駅ホーム(奥は岩沼方)
【写真1】鹿島駅ホーム(奥は岩沼方)。《2011年12月25日撮影》

阿武隈高地から真野川が形成した平地に発展した、南相馬市鹿島地区(旧鹿島町)の玄関口にあたる駅です。相対式ホーム2面2線が設けられており、下りホームに接して駅本屋があり、上りホームとの間は跨線橋で連絡しています。線路の位置関係から、かつては中線が上下線の中間に設けられていたと思われますが、今ではレールはおろか、バラストもありません。

跨線橋の掲示板も長く使われ

鹿島駅跨線橋の表示
【写真2】鹿島駅跨線橋の表示。《2011年12月25日撮影》

上りホームには待合室が設けられています。かなりの年代物のようですが、外壁や屋根などは大きく補修されています。

駅本屋側から上りホームへ向かうには跨線橋を行き来することになりますが、その入口部分には【写真2】のような表示がありました。「平」を「いわき」と修正したものの、やはり古い掲示がそのまま使われています。

年季の入った駅名標も

鹿島駅駅舎内
【写真3】鹿島駅駅舎内。《2011年12月25日撮影》

上りホーム側から駅本屋側を見ると、木造の古い横長の駅舎がどんと建ち、跨線橋から駅務室の前を経て改札口へ至るルートが目に入ります。駅舎のホーム側壁面には、これまたずいぶんと年季の入った駅名標が掲げられています。

有人駅ならではの安心感が

鹿島駅駅舎内
【写真4】鹿島駅駅舎内。《2011年12月25日撮影》

駅舎の中はかなり改装されており、特に壁面はほぼ白一色となり、いささか素っ気ない感じさえ受けます。自動券売機は設置されていません。

また、駅の中には列車待ち用の椅子が置かれています。このほか、上りホームの壁面にも据え付けの木のベンチがあり、常磐線の駅にしばしば見られる、待合スペースが充実した駅になっています。

大きな軒が存在感を示す

鹿島駅駅舎玄関
【写真5】鹿島駅駅舎玄関。《2011年12月25日撮影》

駅舎玄関前には、のっと軒が大きくせり出しています。地方の中小駅では車寄せが設けられるに留まる例が多い中、この鹿島駅はずいぶんと立派な軒になっています。駅の図体そのものもかなり大きいので、それにあわせた設計なのでしょうか。

壁面は完全に新素材へ換装されており、このため遠目には、さほど古い駅舎には見えません。むしろ、玄関上に掲げられている国鉄標準書体を残した電照式の駅名表示のほうが、はるかに古さを感じさせます。

国鉄時代の雰囲気が濃厚に残る

鹿島駅構内を南側の跨線橋から望む
【写真6】鹿島駅構内を南側の跨線橋から望む。《2011年12月25日撮影》

駅全体を見渡すと、これといって明確な特徴があるわけではないものの、かつての国鉄駅らしい風情がよく残っているといえます。

駅の向かいが地区の中心部

鹿島駅駅前
【写真7】鹿島駅駅前。《2011年12月25日撮影》

鹿島地区は、真野川に沿って形成された平地にあり、その南北を県道、JR常磐線、国道がそれぞれ貫いています。駅舎は鹿島地区の中心部である西側に向かって建っていますが、国道のある東側には郊外型店舗が立地しており、こちらには駅南側にある跨線橋で行き来できます(【写真6】は、この跨線橋から撮影)。

乗り場

西側(駅本屋側)から順に、1番線、2番線となります。

  • 1.常磐線下り 相馬方面
  • 2.常磐線上り 原ノ町方面

駅名の由来

確認中。

歴史

詳細は確認中。

1898年4月3日
開業。
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR東日本の駅となります。
2011年3月11日
東日本大震災が発生、常磐線などが大規模に運休。
2011年12月21日
常磐線・原ノ町-相馬間が区間復旧、運転再開。
2016年7月12日
無人化[1]

周辺の見どころ

確認中。

  1. 福島民友「鹿島駅が無人化へ 常磐線再開の小高駅に配置転換」(2016年7月8日)。

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