東海道新幹線は、名古屋の市街地を抜けると濃尾平野を北西へ進みます。基本的に水田が広がる中を進みますが、米原の手前で伊吹山に近接するルートを通っており、それと名古屋のほぼ中間付近にあるのが、岐阜羽島駅です。
島式ホーム2面から成る高架駅で、コンコースが地平、ホームが2階にあります。通過待避が可能であるほか、伊吹山付近で荒天のため列車の運転が抑止された際などには、ここ岐阜羽島駅で列車を止めることになります。この目的があるため、2面4線のさらに外側に待避線が2線設けられ、しめて2面6線となっています。なお、ホームには防風壁などは設けられておらず吹きさらしのため、冬場などはホームに出るとかなり寒いようです。
改札はホーム直下にあり、高架下の南北を結ぶ自由通路に面しています。コンコースには飲食店や売店などが数店入っていますが、繁華街は形成されていません。
北口、南口にそれぞれ別々の大規模な駅前広場があり、巨大なロータリーには多数のタクシーが停まっています。また、市街地から遠く離れたところに駅が設置されたこともあり、駅周辺には多くの駐車場スペースが用意されており、このため自家用車から新幹線に乗る人は、この岐阜羽島駅が便利になっています。「田んぼの中の新幹線駅」と揶揄されることも多い岐阜羽島ですが、田んぼの中に設けられた駅だからこそ、自家用車利用者に利便性の高い駅になっているといえましょう。
駅からは、北東および南西へ一直線に太い道路が延びており、駅周辺にはビジネスホテルが多く立地しています。駅前広場に面して空き地があったりと、現在でも開発されていないところも多いようですが、竹鼻地区を中心とした羽島市のかつての中心地に比べ、大都市へのアクセスを重視した企業の事務所などが置かれており、ローカルムードがありながらビジネス色の濃い駅になっています。なお、東京および大阪方面から岐阜へ向かう場合は、名古屋から在来線を利用するほうが便利ということもあって、鉄道のみの利用者はかなり限られているようです。
東海道新幹線開通時に設置された中間駅のひとつですが、東海道本線の拠点駅以外に設置されたのは新横浜と岐阜羽島のみで、さらに岐阜の都市規模などを考えると、当時の新幹線を停めるには不思議な位置だったといえます。実際には、国鉄は伊吹山越えの際の拠点を濃尾平野上に設けたいと考え、かつ名古屋と米原を短距離で結ぶために岐阜や大垣の市街地を経由させないこととなっていたため、現在の岐阜羽島駅に運転上の設備を置くことは織り込み済みでした。北口駅前広場には、地元出身の大物代議士だった大野伴睦夫妻の銅像があり、あたかも大野の口利きで駅がつくられたように思われますが、駅の設置を大野からアナウンスさせてその功績に見せたに過ぎないのが実情のようです。
停車列車 [2010年3月現在]
一部の「ひかり」が停車します。具体的な隣接停車駅は省略。
乗り場
北側から順に、0番線、1番線…となっています。
- 0.東海道新幹線上り 名古屋、東京方面
- 1.東海道新幹線上り 名古屋、東京方面
- 2.東海道新幹線下り 米原、新大阪方面
- 3.東海道新幹線下り 米原、新大阪方面
駅名の由来
岐阜へのアクセス駅であることと、羽島市内に位置することから取られたものです。
歴史
東海道新幹線開通時に開業された駅です。地元出身の代議士・大野伴睦の運動によって設置が決まったといわれたことから「政治駅」の代表格として知られています。
- 【1964年10月1日】 東海道新幹線開通時に開業。
周辺の見どころ
確認中。