茂住駅の情報、写真、印象記(岐阜県:神岡鉄道)

このページは、路線廃止前の情報をもとに記載しています。

茂住駅
▲茂住駅駅舎《2005年10月22日撮影》

茂住駅ホーム(1)

【写真1】茂住駅ホームから猪谷方面を望む。かつて島式ホームだったことがわかります。《2005年10月22日撮影》

長大トンネルをやっと抜けてやや広いスペースに出ると、そこが茂住駅です。かつては島式ホームだったことが一目でわかる格好になっていますが、現在では南西側の1面1線のみが利用されています。反対側は、最盛期には側線も含めて2線があったものと推測され、神岡から鉱産資源を搬出する貨物列車の本数が多かった時代を彷彿とさせます。

現役の1線を除いてレールはすべて撤去されており、非常に長いホームは無用の長物と化しています。そのホームの奥飛騨温泉口側の端から、かつての構内踏切の跡を通って駅舎へ向かいます。

 

茂住駅ホーム(2)

【写真2】茂住駅ホームから奥飛騨温泉口方面を望む。ホームとその周辺だけが無機質な開放空間になっています。《2005年10月22日撮影》

駅舎はコンクリート造の頑丈な建物で、一見したところ塗装の剥落や黒ずみなどのために汚れて見えますが、実際にはさほど老朽化しておらず、神岡鉄道の他の無人駅に比べると比較的きれいに使われています。かつて駅員が勤務していた時代を思い起こさせるような出札窓口は板で封鎖されていましたが、1960年代の駅舎の典型例がそのまま手つかずで残っています。

駅舎に覆い被さるように杉が伸びており、まるで駅が自然に守られているような印象を受けます。

 

茂住駅遠景

【写真3】駅東側にかかる橋の上から茂住駅を望む。コンクリート造の駅舎が杉林に守られるように、ひっそりとたたずんでいます。《2005年10月22日撮影》

茂住駅の近くには東京大学宇宙線研究所があり、また宇宙線地下観測所(スーパーカミオカンデ)もこの駅が最寄り駅となります。しかし、もとより多数の利用者が見込める施設ではなく、駅周辺の小集落の住民が細々と利用するのが精一杯といった様子です。かつては鉱山の産出で大いに賑わったとされる地域ですが、その面影はほとんど残っていません。

 

駅名の由来

茂住の地名は出雲に由来するものといわれます。これは、神無月になると、信州の神々が奥飛騨地方から富山へ出て出雲へ向かうと考えられたためといわれます(このため、富山湾に注ぐ河川の名は「神通川」)。同様の地名として、東雲(あずも)、鼠餅(ねずもち)などが飛騨地方に残っています。

歴史

当初は一般駅として開業しましたが、開業5年後の1971年10月1日には早くも貨物営業が廃止されています。

周辺の見どころ

東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設【未訪】

駅から東へ、徒歩5分。コメント準備中。

2005年10月25日

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