積み出し港にあったターミナル

片上 【廃止】

かたかみ Katakami
  • 片上鉄道線
  • 清水 《柵原方面》
  • ※隣接駅名は路線廃止直前のものです。
片上駅
▲片上駅《1991年3月28日撮影》

このページは、路線廃止前の情報をもとに記載しています。

中心市街地の港湾部に位置

片上駅改札口
【写真1】片上駅改札口。《1991年3月28日撮影》

藤田組が開発に携わった柵原鉱山から採掘された硫化鉄や銅の搬送を行うために敷設された片上鉄道線の、港湾側搬出ターミナルとして整備されたのが片上駅です。もっとも、鉄道出願時の狙いは、三石産の蝋石(ろうせき)を片上地区の工場へ輸送する目的であり、鉱山港湾直結輸送が主目的になったのは後のことだったようです[1]

やや離れたところにあるJR西片上駅が最寄りでしたが、片上鉄道線のほうが国鉄赤穂線よりもずっと早く開業しており、後発の赤穂線が片上鉄道線を無視する形で敷設されていました。もっとも、片上鉄道線と国鉄との連絡は山陽本線和気駅で行われており、赤穂線と連絡する必要性が低いという判断があったと考えるほうが妥当かもしれません。

駅は港湾部に位置しており、立派な駅前広場が整備されるなど、備前市の中心市街地らしい構えになっていました。駅舎も、木造平屋建てながら窓ガラスを多く使用し、玄関は直線のみで構成する一方で事務室区画にはアールを設けて柔らかみを持たせるなど、なかなか凝った造りになっていました。

かつては売店も営業

片上駅売店跡
【写真2】片上駅売店跡。《1991年3月28日撮影》

駅舎には、しっかりした改札口や売店など、ひととおりの旅客設備が整っていました。もっとも私が訪問したのは廃止直前だったため、売店は閉店していました。

タイムスリップしたような空間

片上駅構内
【写真3】片上駅構内(駅員の許可を得て構内にて撮影)。《1991年3月28日撮影》

ホームは片面1線のみですが、特に海側に多くの車両が休んでおり、港べりには積み出し施設が見えました。並んでいる車両はいずれも相当な年代物ばかりで、平成の年号が似つかわしくない、タイムスリップしたような空間がひろがていました。

片上駅を発車した列車は、片上を発車すると左(北)へと向きを変え、JR赤穂線をアンダークロスしていました。

駅名の由来

確認中。

歴史

詳細は確認中。

1923年1月1日
開業。
1991年6月30日
この日かぎりで片上鉄道線が全線廃止され、同駅も廃止。
  1. 三木理史「瀬戸内海地域の鉄道と海運―私鉄の発達を中心として―」『鉄道ピクトリアル』No.493(1988年3月臨時増刊号)電気車研究会、54ページ。

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