駅舎は駅舎として機能せず

勾金

まがりかね Magarikane
勾金駅
▲勾金駅外観《2008年11月2日撮影》

平成30年7月豪雨による水害のため、平成筑豊鉄道田川線は崎山-田川伊田間が運休となっています。(2018年8月9日現在)

 

勾金駅ホーム
【写真1】勾金駅ホーム。現在では広い構内ももてあまし気味。《2008年11月2日撮影》

相対式ホーム2面2線から成る駅です。現在でこそ単純な配線になっていますが、かつては中線や多数の側線を備えており、比較的最近まで貨物列車の出入りがありました。このため、油須原などと同様に長大なホームが千鳥式に配置され、構内踏切を挟むように両方向の列車が交換する形になっています。駅の北側にはかつての日通の営業所があり、貨物配送の拠点になっていたことがうかがえます。

 

勾金駅待合スペース
【写真2】勾金駅待合スペース。旧駅舎から屋根が伸びており、ここで列車を待つことになります。《2008年11月2日撮影》

かつての木造駅舎は現在も健在ですが、駅舎としては利用されておらず、鉄道の利用者が自由に出入りできるスペースにはなっていません。旧駅舎の脇に鉄骨の支柱とトタンの屋根を設けたスペースがあり、ここに時刻表や運賃表などが掲示されています。

 

勾金駅旧駅舎
【写真3】勾金駅旧駅舎は、食堂として利用されています。《2008年11月2日撮影》

旧駅舎は食堂として用いられています。旧駅舎の屋根は両側がそれぞれ入母屋と切妻になっており、左右非対称になっていますが、切妻になっている駅出入口側の形がやや不自然であり、かつてはもっと大きい駅舎がコンパクト化されたものと思われます。

駅出入口の脇には古いレンガ造りの倉庫がありますが、今では使われていないようです。

駅の近くには県立田川高校や田川農林高校があり、高校生の利用が多い駅です。駅前には営業しているかどうか定かでない店舗が並んでいますが寂しさは拭えず、炭鉱閉山後の田川の現状を黙して語っているようでした。

乗り場

番線表示は未確認です。

  • (南側)田川線下り 田川伊田方面
  • (北側)田川線上り 犀川、行橋方面

駅名の由来

金辺川に臨むこの地の地形が、曲尺(まがりかね=かねじゃく)の形をしているところからの地名[1]という説があります。

歴史

明治時代に路線が開通して以来の駅です。

1895年8月15日
豊州鉄道行橋-伊田(現、田川伊田)が開通した際に、香春駅の名称で一般駅として開業。なお、開通当初の中間設置駅は、豊津、油須原、香春の3つでした。
1899年1月25日
香春-夏吉の支線が開通。なお、同支線は、1905年2月28日かぎりで旅客および荷物扱い廃止。
1901年9月3日
豊州鉄道が九州鉄道に合併され、九州鉄道の駅となります。
1907年7月1日
九州鉄道が国有化されます。
1943年5月1日
小倉鉄道国有化によって添田線(現、日田彦山線)の上香春が香春に、田川線の香春が勾金に改称。
1973年3月31日
この日かぎりで夏吉支線廃止。
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR九州およびJR貨物の駅となります。
1989年10月1日
JR田川線(第3次特定地方交通線指定)が平成筑豊鉄道に転換し、平成筑豊鉄道田川線の駅となります。
1991年12月
駅舎を食堂に転用。
2018年7月6日
平成30年7月豪雨による水害のため、田川線の全区間が運休(10日に行橋-犀川間が、14日に犀川-崎山間が運転再開)。

周辺の見どころ

確認中。

  1. 村石利夫『JR・第三セクター 全駅名ルーツ事典』2004年、東京堂出版、273ページ。

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