北総鉄道

 千葉ニュータウンへのアクセス輸送を行うために設立された第3セクター企業で、京成グループに属しています(本社:千葉県鎌ヶ谷市)。2004年7月1日、社名を「北総鉄道」に変更しました。現在の東武野田線の前身に当たる(旧)北総鉄道とは無関係です。

 都内の大手私鉄に対して2倍以上という運賃の高さで悪名高く、これがニュータウン入居を抑制する悪循環に陥っているともいわれ、国会で議論されたことさえありました。千葉ニュータウンの人口が予定どおりに増えていないことに加え、建設費償還の負担が大きく、累積債務がなかなか解消されないことが、根本原因となっています。

(2004年12月28日)

【URL】 http://www.hokuso-railway.co.jp/

★1994年6月1日、千葉ニュータウン中央にて完乗(その後の開業区間も乗車済み)。2004年4月17日、新柴又にて全駅乗降。全駅の写真を掲載しています。

北総線

 京成高砂から印旛日本医大にいたる31.3kmの路線で、このうち京成高砂-小室の19.8kmが第1種鉄道事業、小室-印旛日本医大の12.5kmが第2種鉄道事業となっており、後者は第3種鉄道事業者である千葉ニュータウン鉄道の施設を借り受けています。1,435mm軌間の複線電化で、全線にわたって立体交差化されています。普通列車の運転が中心ですが、朝の上りには京成高砂と新鎌ヶ谷の間を通過する特急が、夜の下りには矢切と新鎌ヶ谷の間を通過する急行が運転されています。

 北総線は開通してから25年しか経っていませんが、その歴史はすこぶる複雑です。第1期北総線は、千葉ニュータウンの西白井および小室の開発に伴い、1979年3月に北初富-小室が先行開業し、北初富から新京成線に乗り入れ、松戸まで相互直通運転を行いました。小室以東は、住宅・都市整備公団(のちの都市基盤整備公団、現・独立行政法人都市再生機構)によって千葉ニュータウン線として、小室-千葉ニュータウンが1984年4月1日に開業しますが、1988年4月1日に、同区間は北総開発鉄道が第2種、住宅・都市整備公団が第3種の各鉄道事業者となり、北初富-千葉ニュータウンの全線が北総・公団線と改称されます。

 1991年3月31日には北総開発鉄道によって京成高砂-新鎌ヶ谷が開業し、北総開発・京成・都営地下鉄・京急4者の相互乗り入れが開始されました。これによって、千葉ニュータウンの都心へのアクセスルートが京成高砂経由となり、1992年7月8日の新京成線の新鎌ヶ谷駅開業とともに、北初富-新鎌ヶ谷が廃止され、相互直通運転も終了しています。また、1998年3月14日にはJR武蔵野線に東松戸駅が、1999年11月25日には東武野田線に新鎌ヶ谷駅が開業し、乗り換えが便利になりました。東の住宅・都市整備公団保有区間では、1995年4月1日に印西牧ノ原まで、2000年7月22日に印旛日本医大まで延長開業しています。さらに、2004年7月1日には、都市基盤整備公団保有区間が千葉ニュータウンに移管され、これにあわせて会社名・路線名から「開発」が外れるにいたっています。

(2004年12月28日)

駅一覧

京成高砂新柴又矢切北国分秋山東松戸松飛台大町新鎌ヶ谷西白井白井小室千葉ニュータウン中央印西牧ノ原印旛日本医大

(注)斜字は写真未掲載駅です。

乗車履歴

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