駅は一大商業街の中に

三ツ境
みつきょう
Mitsukyo

三ツ境駅

 “みつきょう”という駅名は、素っ気ないようでいて意外と耳に残りやすいものです。一般的な読み方なら「みつざかい」となり、これなら印象にも何も残らないでしょうが、不思議なトーンをもつ駅名といえます。

 相対式ホーム2面2線のうえに覆い被さるように、巨大な橋上駅舎を備える駅です。乗降客数は横浜、海老名、大和、二俣川に次ぎ(ただし減少傾向が続いているようです)、設備面でも接続路線のない純然たる中間駅としては最大規模です。橋上駅舎の床面、ホーム側から見ると天井部分には鉄骨が丸出しで、照明が暗いこともあって、やや堅い印象を与えます。

三ツ境駅ホーム

三ツ境駅ホーム。《2008年8月16日撮影》

 橋上駅舎は、駅北側にある一大ショッピングセンター「三ツ境ライフ」と一体化しており、改札口を出るとそのまま商業施設の中に入ることができます。また東側には、人工地盤というかペデストリアンデッキと呼ぶべきか、そういった空間が広がっています。

三ツ境駅上人工地盤より

三ツ境駅上人工地盤より。《2008年8月16日撮影》

 三ツ境駅は瀬谷区役所の最寄り駅で、公共機関の施設なども多く立地しています。丘陵地帯に位置しており、この先では沿線にしばしば畑が見られるようになります。三ツ境に住む私の知人は、自虐的に「横浜のチベット」などと呼んでいましたが、希望ヶ丘に住む知人も自分の住む地をそう評していたことから、この一帯を示す“お約束フレーズ”のようです。

 神中鉄道開通時には、この三ツ境と瀬谷の間に「二ツ橋」という駅がありましたが(「ふたつばし」と読みました。「につきょう」ではありません)、戦時中に休止され、戦後も復活することなく1960年8月1日に正式に廃止されています。

停車列車 [2008年8月現在]

 二俣川-海老名では、すべての列車が全駅に停車します。

乗り場

 南側から順に、1番線、2番線となっています。

駅名の由来

 三ツ境という地名の由来としては、三つの村(二俣川村、都岡村川井分、中川村阿久和分)の境界であることによるというもの、西側にある地名「二ツ橋」に続いて「三つ橋」が転じたというもの、「密教」によるもの、などの諸説があります。最後の説は唐突に見えますが、江戸時代後期には「密教新田」「三経新田」という表記がされていることを考えると、複数の由来が混在していると見るのが妥当に思えます。

歴史

 神中鉄道が二俣川-厚木を開通させた際に設置された駅です。

周辺の見どころ

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2008年8月22日、写真を追加のうえ加筆修正

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