下りホームはトンネルの中に
水上の先で、上越線は旅客線としてはローカル線(貨物線としては主要幹線)という位置付けになり、1日5往復の列車がほそぼそと行き交う区間になります。その最初の区間にあたるのが湯檜曽駅、難読ですが「ゆびそ」と読みます。
湯檜曽駅に入る手前で下り線と上り線が分かれ、このうち下り線はトンネルに入り、トンネル内にホームが設置されています。緩やかにカーブが描かれており、線路と反対側の側面に蛍光灯の照明が並びます。ホーム中ほどにある出口付近の一部に、固定式の柵が設置されています。トンネル内で湿気が多く、私が訪れたのは夏季ですが、随分ひんやりとしていました。トンネル内には待合室はありません。
下り線のあるトンネルは、上越線複線化に際して着工、1967年9月に開通した新清水トンネルで、隣接する土合駅下りホームも同様にトンネル内に設置されています。
線路と垂直にトンネル通路
出口はホームから垂直方向へ、ほぼフラットな通路が延びています。人が行き来するのみの通路ですが、線路を敷設して列車を通せそうなほど立派なトンネルになっています。現在の湯檜曽駅は無人駅ですが、かつてはこの通路で手小荷物の受け渡しを行っていたのでしょう。
上りホームは築堤上に
一方の上りホームは地上の築堤上に設けられています。こちらは片面1線、コンクリート製のサイドボードが丸出しになっているホームに、コンパクトな待合室が設置されています。
ホームの造りが新しく見えますが、これも当然で、もともと湯檜曽駅は湯檜曽温泉に程近い場所にあったのですが、上越線複線化に際して新設された下り線ホームの近くに移設されたことによります。
標高がかなり高く
上りホーム出口付近には「海抜五五七.四三」とあり、かなり標高が高いところに来たことがうかがえます。なお、上り線は当駅の北側でループ線を描いており、ここから土合方にはさらに標高が高くなっています。
2ホームへの通路が交差
下り線ホームからの通路と上り線ホームからの階段の交差口に、乗車駅証明書発行機と集札箱がポツンと置かれていました。
有人駅時代の名残も
駅舎と呼んでいいのかわかりませんが、有人駅なら駅本屋があるであろう場所に、コンクリート打ち放しのモニュメント的な建造物の中を通って出入りする形になっています。この建造物の中には待合室などはなく、わずかにトレイが設置されているのみです。
駅前スペースは駐車場として利用されています。また駅前脇には、階段で上り下りするための謎の構造物がありますが、これは有人駅時代の駅舎があった当時の出入口だったものではと思われます。
駅から北へ6分ほど歩いたところに湯檜曽温泉があり、数軒の旅館が営業しています。
歴史
路線開業時に設置された駅です。
略年表(クリックまたはタップで開閉)
- 1931年(昭和6年)9月1日
- 国有鉄道(鉄道省)上越線の水上-越後湯沢間が開業した際、湯檜曽駅開業。当初から旅客のみの取扱いでした。
- 1967年(昭和42年)9月28日
- 上越線複線化に伴い、移転。
- 1987年(昭和62年)4月1日
- 国鉄の分割民営化に伴い、JR東日本の駅となります。