東日本旅客鉄道(JR東日本)(関東)

ここでは、関東エリア内における東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅を記載しています。東北エリア内のJR東日本各駅甲信越エリア内のJR東日本各駅については、それぞれ別のページをご覧ください。

【Link】東日本旅客鉄道公式Webサイト

★1996年3月5日、青梅線・奥多摩にて完乗。

「東海道本線」は、東京から熱海、名古屋、米原、大阪を経て神戸にいたる路線およびその枝線の総称で、当然ながら幹線系線区に属しています。このうち東京から熱海までの104.6kmは、JR東日本が経営しています。

東京から大船までは、東海道線以外の系統の電車が平行して走っています。具体的には、東京から品川までは山手線と京浜東北線に横須賀線、品川から横浜は京浜東北線、横浜から大船は横須賀線となります。線路の戸籍上は、いずれも東海道本線ですが、これらはすべて別々に設けられている線路上を走っており、オレンジとグリーンのツートンカラーがトレードマークの東海道線電車とは、停車駅で区分されています。また、湘南新宿ラインの運転開始に伴い、列車が東京方面から新宿方面へ振り分けられるようになり、運転系統はさらに複雑さを増しています。このほか、一部の旅客列車と多数の貨物列車が運行される支線が、横浜の丘陵地帯をトンネルで突っ切っています。さらに、横須賀線が走る品川-新川崎-横浜も、品川-鶴見の区間が、戸籍上は東海道本線の支線となっています。

東京から小田原まで、車窓には工場と住宅、オフィスビルなどが建ち並びます。それでも、品川までの都心型の景観、多摩川を渡るまでの住宅と小工場が密集する区間、川崎から横浜にかけて京急とデッドヒートを演じる区間、横浜の住宅地、大崎から平塚にかけての広々とした工業地帯など、なかなかバラエティに富んでいます。小田原から先は、東海道叛随一の景色を誇り、特に根府川付近では、西側の断崖と東側の相模湾のコントラストが絶妙です。

(2005年7月3日)

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  • 【必見駅】 駅舎:東京、有楽町
  • 【注目駅】 駅舎:大磯、国府津、熱海 雰囲気:新橋、根府川

乗車履歴

  • 東京-品川 1991年2月23日
  • 品川-熱海 1991年2月27日
  • 品川-新川崎-鶴見 1992年(月日不詳)

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  • 【必見駅】 駅舎:原宿
  • 【注目駅】 駅舎:目白

乗車履歴

  • 品川-渋谷 1991年2月23日
  • 渋谷-新宿 1991年2月26日
  • 新宿-田端 1991年4月8日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

乗車履歴

  • 池袋-赤羽 1991年(月日不詳)

川崎から立川までの35.5kmと、尻手から浜川崎までの4.1kmから成る、幹線系線区に属する路線です。川崎-立川がメインの区間で、全区間が複線化されています。尻手-浜川崎は枝線扱いで、この区間のみを往復するワンマン列車が運転されており、旅客線は単線ですが貨物線は複線となっています。工業地帯を走りますが、沿線には住宅も多く建ち並んでいます。沿線に競馬場や競輪場などが多く並んでおり、ギャンブラー御用達の路線として知られています。

川崎から南多摩までは、多摩川の右岸を北上するとともに、川崎市を縦貫する路線としての役割を持っています。沿線には、NECや富士通など、先端技術メーカーの大工場が多く建ち並んでおり、朝夕のラッシュ時には、工場に勤務する従業員が多く乗り込みます。また、武蔵小杉から登戸にかけては宅地化が進んでおり、高層マンションなども多く見られます。登戸から南多摩にかけては、ナシ畑の多い稲城市を横断しながら走り、南多摩の先で多摩川を渡り、東京競馬場の西側をかすめながら府中本町へ到着、ここで武蔵野線との乗り換えのため、多くの乗客が入れ替わります。この先は純然たる住宅地となり、国立市南部を走ります。もとが私鉄という経緯もあり、一部区間を除いて地平上を走っているうえ、各駅とも規模が小さくこぢんまりしており、小さな地平駅と、対向式ホームを結ぶ跨線橋というパターンが多く見受けられます。

戦前、南武鉄道の手によって開業しました。1927年3月9日に川崎-登戸が開通し、同年11月1日に大丸(その後廃止。現在の稲城長沼と南多摩の間に位置)、1928年12月11日に屋敷分(現・分倍河原)と延長され、1929年12月11日に立川までの全線が開通しています。また、尻手から浜川崎までの区間は、1930年3月25日に貨物専用路線として開通し、同年4月10日に尻手-新浜川崎(その後廃止。浜川崎からやや川崎新町寄り)に旅客営業が開始されています。中央本線と東海道本線を結ぶために軍事上重要路線と位置づけられたことを受け、1944年4月1日に南武鉄道の全線が国有化され、国鉄南武線となりました。

(2005年7月1日)

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  • 【必見駅】 構造:八丁畷、浜川崎
  • 【注目駅】 駅舎:平間

乗車履歴

  • 川崎-尻手 1992年3月19日
  • 尻手-登戸 1993年3月11日
  • 登戸-府中本町 1992年4月29日
  • 府中本町-立川 1993年4月7日
  • 尻手-浜川崎 1992年3月19日

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  • 【必見駅】 駅舎:国道 構造:浅野 景観:海芝浦
  • 【注目駅】 駅舎:武蔵白石 雰囲気:大川

乗車履歴

  • 鶴見-扇町 1992年3月19日
  • 浅野-海芝浦 1992年3月19日
  • 武蔵白石-大川 1992年3月19日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

乗車履歴

  • 府中本町-北府中 1992年4月29日
  • 北府中-西国分寺 1993年4月7日
  • 西国分寺-武蔵浦和 1995年4月6日
  • 武蔵浦和-西船橋 1991年(月日不詳)

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 駅舎:大口

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  • 東神奈川-町田 1991年(月日不詳)
  • 町田-淵野辺 1991年5月3日
  • 淵野辺-橋本 1991年6月26日
  • 橋本-八王子 1991年2月27日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

乗車履歴

  • (確認中)

大船から逗子、横須賀を経て久里浜にいたる、23.9kmの路線です。平野部の少ない三浦半島を縦断するうえ、戦前に要塞地帯への軍事アクセス路線として建設されたこともあり、トンネルが多いのが特徴です。

大船から北鎌倉を経て鎌倉までの区間は、東京から鎌倉への観光客・通勤通学客でひしめいています。その先も、各駅ごとにトンネルをくぐりながら乗客を降ろしていきます。

1889年6月16日、軍部の要請により大船-横須賀が開通しました。戦時中の1944年4月1日に、久里浜まで開通しています。

横須賀線というと、東京地下駅から品鶴線を経由する、濃紺のラインカラーを帯びた電車というイメージがありますが、大船までの“横須賀線”という呼称は運転系統上便宜的に付けられているものにすぎず、大船-久里浜のみが、正式な横須賀線です。

(2005年6月29日)

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  • 【必見駅】 構造:北鎌倉
  • 【注目駅】 駅舎:横須賀

乗車履歴

  • 大船-鎌倉 1992年5月5日
  • 鎌倉-逗子 1993年2月28日
  • 逗子-久里浜 1992年5月5日

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  • 【必見駅】 駅舎:倉見
  • 【注目駅】 駅舎:社家、下溝 構造:厚木

乗車履歴

  • 茅ヶ崎-橋本 1991年2月27日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 駅舎:来宮、伊豆多賀、網代

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  • 熱海-伊東 1994年7月28日

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  • 【必見駅】 駅舎・構造:御茶ノ水
  • 【注目駅】 駅舎:武蔵小金井、日野 構造:代々木 雰囲気:神田

乗車履歴

  • 神田-代々木 1991年2月27日
  • 新宿-八王子 1991年2月27日
  • 八王子-高尾 1992年5月22日
  • 高尾-(甲府) 1994年8月22日

立川から拝島、青梅を経て奥多摩にいたる、37.2kmの路線で、幹線系線区に属し、全区間が特定電車区間(旧・国電区間)になっています。長らく、奥多摩からの石灰石輸送が行われてきましたが、現在はすべてトラック輸送に切り替わっており、貨物輸送は立川-拝島でのみ行われています。

立川から拝島までの間は、旧立川飛行場のすぐ近くをかすめていたこともあり、現在でも航空機関連の工場が多く並び、工業地帯の路線という趣です。五日市線や八高線の分岐点となる拝島を過ぎると、こんどは新しく開発が進んだ扇状地を走り、住宅地の中を突き進んでいき、青梅にいたります。青梅のひとつ手前の東青梅までが複線で、青梅までが実質的に東京への通勤圏になっています。青梅から先は多摩川を眺めながら走り、鉄橋ありトンネルありという区間になり、渓谷路線となります。週末にはハイキング客でにぎわいますが、平日の利用客はごく限られたものとなります。このため、青梅を境に運転系統は事実上二分されています。

青梅鉄道の手によって、1894年11月19日に立川-青梅が開業したのが最初です。その後、1895年12月に日向和田まで延長され、1908年には762mmから1,067mmへ改軌、1920年1月に二俣尾まで延伸されています。1929年5月3日には、社名を青梅鉄道と変更、同年9月には御岳(現・御嶽)まで延長し、参詣客輸送も行いました。しかし、立川から拝島にかけての航空機関連輸送をはじめとして、軍需輸送上重要な路線だったため、1944年4月1日、全線が国有化されました。同年7月1日には、氷川(現・奥多摩)までの全線が開業し、石灰石輸送が行われました。

(2005年7月3日)

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  • 【必見駅】 駅舎:青梅、奥多摩
  • 【注目駅】 駅舎:御嶽、鳩ノ巣、雰囲気:白丸

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  • 立川-奥多摩 1996年3月5日

拝島から分岐し、秋川沿いに西へ進み、武蔵五日市にいたる、11.1kmの幹線です。全線が単線で、東秋留・秋川・武蔵増戸に交換設備があります。車両は青梅線と共通ですが、線内区間運転が基本で、一部が立川および東京へ乗り入れます。週末には、ホリデー快速「あきがわ」が運転され(線内各駅停車)、青梅線の「おくたま」と拝島で分割・併合されます。かつては石灰石などの輸送が盛んに行われましたが、現在は旅客輸送のみとなっています。

熊川の先で多摩川を渡ると、秋川沿いの河岸段丘上を西へ進みます。沿線は畑地と住宅地が混在していますが、肝心の秋川は南に大きく離れているため渓谷美などとは無縁で、地味な光景ばかりが続きます。秋川と武蔵五日市を除いて駅の規模は比較的小さく、武蔵増戸のように、往年のローカル駅の光景がそのまま残っている駅もあります。

拝島-五日市(現・武蔵五日市)が、1925年4月21日に開通し、同年9月20日には武蔵岩井まで開通しています。さらに、1930年7月13日には立川-拝島、1931年12月8日には武蔵田中-拝島多摩川(貨物線)が開業しました。1940年10月3日には、南武鉄道によって買収されています。さらに、1944年4月1日に全線が青梅鉄道とともに国有化され、この際に青梅鉄道との重複区間である立川-拝島が休止、拝島多摩川支線が廃止されます。1961年4月17日は、全線が電化されました。かつては、武蔵五日市からスイッチバックして北へと線路が延び、大久野を経て武蔵岩井までの列車が運転されていましたが、1971年1月31日かぎりで武蔵五日市以遠の旅客営業が廃止され、残った貨物営業も1982年11月14日かぎりで全面的に廃止、これと同時に五日市線の貨物営業が終了しています。

(2005年1月12日)

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

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  • 拝島-武蔵五日市 1996年3月5日

八王子から拝島、高麗川、寄居を経て高崎線の倉賀野にいたる、92.0kmの地方交通線です。運転系統は高麗川で大きく分かれており、高麗川以南は直流電化され、川越線の川越-高麗川と直通運転を行っています。いっぽう高麗川以北は非電化路線で無人駅も多く、ローカルムードが色濃く残っています。

八王子から工業地帯を進み、青梅線の合流する拝島までは、何とも雑然としたところを進みます。この先は、関東平野の西端にあたる谷口集落(飯能、寄居、藤岡など)を南北に連絡していくため、一定の人口こそあるものの、東京志向の強い旅客流動には必ずしも合致していません。それでも、都市化が進んでいる高麗川以南は、西武線や川越線への培養線としての色彩もありますが、高麗川以北は、茶畑や雑木林などが入れ違う中を、のんびりと進んでいきます。東福生付近では米軍横田基地に近接し、鉄条網などが見られます。

最初に開業したのは高崎側で、倉賀野-児玉が八高北線として1931年7月1日に開業、1933年1月25日には寄居までが開業しています。八王子側からは、八王子-東飯能が1931年12月10日に開業し、1933年4月15日に越生まで、1934年3月24日に小川町までが開業しました。残った小川町ー寄居は1934年10月6日に開通し、八高南北線をあわせて八高線となりました。1996年3月16日に、八王子-高麗川が電化し川越線と運転系統を一にするようになっています。

終戦直後の1945年8月24日には、小宮-拝島で上下列車が正面衝突を起こし、少なくとも105名が死亡する八高線事故が発生し、1947年2月25日には、東飯能-高麗川で列車のスピードオーバーによる脱線転覆事故により、184名が死亡するなど、大惨事の多い路線でもあります。

(2005年6月28日)

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  • 【必見駅】 構造:寄居
  • 【注目駅】 -

乗車履歴

  • 八王子-寄居 1992年5月17日
  • 寄居-倉賀野 1995年4月4日

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  • 【必見駅】 駅舎:上野 構造:秋葉原、田端、尾久
  • 【注目駅】 駅舎:田端(南口)

乗車履歴

  • 東京-上野 1989年6月12日
  • 上野-田端 1991年4月8日
  • 田端-大宮 1993年10月1-2日
  • 大宮-(郡山) 1993年9月13日
  • 赤羽-武蔵浦和 1991年(月日不詳)
  • 武蔵浦和-大宮 1993年9月13日
  • 日暮里-尾久-赤羽 1993年(月日不詳)

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

乗車履歴

  • 東京-上野 1995年2月28日
  • 上野-宇都宮 1989年6月12日
  • 宇都宮-(郡山) 1989年6月16日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

乗車履歴

  • 日暮里-綾瀬 1991年8月5日
  • 綾瀬-佐貫 1992年5月27日
  • 佐貫-水戸 1994年7月20日
  • 水戸-大甕 1994年8月2日
  • 大甕-(いわき ※当時は平) 1994年8月28日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

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  • 水戸-安積永森 1994年7月20日
  • 上菅谷-常陸太田 1994年8月2日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

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  • 大宮-川越 1994年4月6日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

乗車履歴

  • 大宮-高崎 1993年10月1-2日

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  • 【必見駅】 構造:土合
  • 【注目駅】 構造:湯檜曽

乗車履歴

  • 高崎-(宮内) 1993年10月1-2日

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  • (確認中)

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  • 渋川-大前 1995年4月4日

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  • 小山-新前橋 1995年4月4日

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  • 小山-友部 1994年4月6日

昔からの一大観光地、日光へのアクセス路線として建設された、40.5kmの電化単線です(地方交通線)。定期列車は、すべて各駅停車で、片道1本をのぞいて線内運転となっています。ただし、新宿または上野から臨時列車が乗り入れることがあります。

東北本線の宇都宮から上野方面に進み、宇都宮市街を南西に迂回するように進みます。沿線人口は比較的多いものの、日光のひとつ手前の今市を除くと、市街地からは離れています。最大25パーミルという急勾配で、日光をめざして可能なかぎり最短距離で敷設されたことがうかがえます。

日本鉄道の手によって、1890年6月に開業し、日光への観光輸送を一手に引き受けました。1906年11月に国有化されたのちも状況は変わりませんでしたが、1929年10月に東武日光線が開通すると、国鉄は直通準急を走らせ所要時間差を10分程度に抑えるなど、激しい競争が展開されました。観光輸送が行われなくなった戦時中を経て、1950年代に競争が復活、1956年10月には最新鋭気動車キハ55を導入した準急「日光」を運行し、所要時間で互角、運賃および東京側のターミナル位置で優位に立ちます。1957年10月には、「日光」は東京発着となり、翌1958年4月には日光線全線が電化、1959年9月には、準急「日光」に、特急用車両である157系電車が投入されています。この競争は、1960年代前半まで続きますが、1966年以降は料金値上げや車両格下げにより、国鉄のシェアは大きく落ち込んでいくことになります。1982年11月には、東北新幹線開業によって急行「日光」が廃止され、東京直通列車も優等列車も消滅、日光線は栃木県内のローカル輸送に徹することとなりました。

(2005年6月23日)

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  • 【必見駅】 駅舎:日光
  • 【注目駅】 駅舎:鶴田、鹿沼

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  • 宇都宮-日光 1994年8月23日

東北本線の宝積寺から、栃木県の丘陵地帯を走り烏山にいたる、20.4kmの非電化単線です(地方交通線)。基本的に線内運行になっていますが、一部の列車が東北本線に入り宇都宮まで乗り入れます。線内には7つの駅があることから、各駅ごとに七福神を対応させ、列車や駅の案内表示に使っていますが、“七福神”と烏山線沿線とにどのような関係があるのか、よくわかりません。

沿線は畑作地帯で、田園風景が広がる中を淡々と進みますが、滝付近で木が生い茂ってきます。かつて貨物扱いを行っていた仁井田、交換可能な大金、終着駅の烏山には古い木造駅舎が残りますが、他の駅はすべて片面ホームのみで駅舎が存在しない小駅と、駅ごとのコントラストがはっきりしています。

1923年4月15日に、宝積寺から烏山までの全線が開通しています。計画当時は、常磐線方面への延長も予定されていましたが、烏山以遠への工事が行われることはありませんでした。

(2005年6月22日)

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

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  • 宝積寺-烏山 1994年8月23日

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  • 高崎-横川 1993年11月20-21日

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  • 【注目駅】 -

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  • 高崎-(長野) (確認中)

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  • 【注目駅】 -

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  • 東京-錦糸町 1993年4月7日
  • 錦糸町-津田沼 1992年5月27日
  • 津田沼-成東 1993年4月7日
  • 成東-松岸 1994年9月5日
  • 松岸-銚子 1994年8月2日
  • 御茶ノ水-錦糸町 1992年5月27日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

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  • 東京-市川塩浜 1991年(月日不詳)
  • 市川塩浜-南船橋 1995年4月4日
  • 南船橋-蘇我 1993年4月7日
  • 市川塩浜-西船橋 1991年(月日不詳)
  • 西船橋-南船橋 1993年4月7日

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  • 【注目駅】 -

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  • 千葉-大網 1994年9月5日
  • 大網-大原 1993年4月7日
  • 大原-安房鴨川 1994年9月5日

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  • 【注目駅】 -

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  • 蘇我-五井 1993年4月7日
  • 五井-安房鴨川 1994年9月5日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 -

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  • 佐倉-成田 1993年4月7日
  • 成田-我孫子 1995年4月6日
  • 成田-松岸 1994年8月2日
  • 成田-成田空港 1994年9月5日

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  • 【必見駅】 -
  • 【注目駅】 雰囲気:十二橋

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  • 香取-鹿島サッカースタジアム 1994年8月2日

内房線の木更津から房総半島の内部に入り上総亀山へいたる、営業キロ32.2kmの路線です。全線が非電化単線で、地方交通線に分類されています。関東地方のJR線では唯一タブレット閉塞式が残っており、交換可能駅である横田と久留里ではタブレットを交換する光景が見られます。

小櫃川に沿って走りますが、小櫃まではほぼ平坦に近い農村地帯を淡々と進んでいきます。駅の風景も鄙びたものが多く、ローカル線らしい雰囲気があります。最大規模の駅である久留里からは丘陵地帯になり、緩やかな谷に沿って走っていきます。途中での連絡線がない「盲腸線」ですが、上総亀山からは路線バスの連絡があります。

千葉県が県営鉄道として1912年12月28日に木更津-久留里を開業させたのが始まりで、当時は軽便鉄道でした。1923年9月1日に国有化され、改軌ののち1936年には上総亀山まで開業、さらに上総中野まで延長して木原線と結ばれる予定でしたが、上総亀山から先の工事は行われませんでした。また、腕木式信号機が比較的遅くまで残っていました。

(2007年1月17日)

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  • 【注目駅】 -

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  • 木更津-上総亀山 1994年9月5日

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  • 大網-成東 1993年4月7日

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