真幸

まさき
Masaki
真幸駅
▲真幸駅駅舎《2005年3月8日撮影》
真幸駅ホーム(1)
【写真1】真幸駅に停車する「しんぺい」号。《2005年3月8日撮影》

大畑駅と同様、3線式スイッチバックとなっている駅で、通過線がないため全列車がZ状に折り返し運転を行います。駅そのものの急勾配の克服ではなく、蒸気機関車の拠点として設けられたという点でも、大畑と共通していますが、スイッチバックによって上り下りする勾配差はかなり大きく、駅舎から見ると、規模の大きさに圧倒されます。

真幸の集落は吉都線の京町温泉駅付近にありますが、現在の肥薩線のほうが早く開通し、真幸地区への最寄り駅として付けられた駅名が残っています。1986年11月に無人化されるまでは、縁起の良い駅名として、入場券がよく売れていました(現在でも、吉松や人吉で発売はしているようです)。

真幸駅ホーム(2)
【写真2】スイッチバック上から見た真幸駅。《2005年3月8日撮影》

真幸駅の名物は、枯山水庭園のごとくきれいに掃き清められている、ホームと駅舎の間の一角です。1986年11月に無人化されて以降は一時期荒れたということですが、現在は再びきれいに整備されています。

真幸駅から南東方面には、京町温泉を中心とした真幸集落があり、スイッチバック上を行き来する列車の窓から、遠く眺めることができます。矢岳駅を出てトンネルを抜けてから、下り線進行方向左側に広がる風景は、肥薩線の白眉ですが、それはこの真幸駅まで断続的に続きます。

真幸駅ホーム(3)
【写真3】「幸せの鐘」に集まる観光客。《2005年3月8日撮影》

ホームは1面2線島式で、ホーム中ほどには発車の際などに用いられてきた鐘があります。現在では「幸せの鐘」と名付けられており、「いさぶろう」「しんぺい」に乗ってきた旅客の記念写真スポットとなっています。また、半ばオブジェと化した大岩が鎮座していますが、これは1972年7月6日に発生した大水害の置きみやげです。

停車列車 [2013年9月現在]

確認中。

乗り場

確認中。

駅名の由来

確認中。

歴史

人吉-吉松開通後、1911年3月に開業しましたが、当初は運転扱いを行うのみでした。一般運輸営業を開始したのは、5月11日のことです。当時は吉都線も日豊本線も開業しておらず、宮崎県では最初に開業した駅でした。

終戦直後、退役軍人を乗せた旅客列車がトンネル途中で登り切れなくなり、蒸気機関車の煤煙に耐えられず避難しようとした列車に轢かれて50名以上の死者を出した事故や、前述の大水害で駅全体が土砂に埋まる(この際には、奇跡的に死傷者はなしでした)など、「幸せ」と縁の遠い歴史を持つ駅でもあります。

周辺の見どころ

確認中。

その他

【肥薩線】 八代坂本葉木鎌瀬瀬戸石海路吉尾白石球泉洞一勝地那良口西人吉人吉大畑矢岳真幸吉松栗野大隅横川植村霧島温泉嘉例川中福良表木山日向山隼人

2005年4月2日

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