極めて複雑な歴史をたどってきた駅

厚木

あつぎ Atsugi
相模線厚木駅ホーム
▲相模線厚木駅ホーム《2009年12月13日撮影》

STATION PROFILE

駅の業務は小田急に委託しています

相模線厚木駅連絡口
【写真1】相模線厚木駅連絡口。《2006年5月6日撮影》

小田急小田原線との接続駅である厚木駅は、その名に反して厚木市内にはなく、厚木は相模川を挟んだ西の対岸に位置しています。厚木に行く場合は、ここで小田急線に乗り換えて本厚木駅に行くことになります。JR相模線は地平を通り、その後に開業した小田急線はこれをオーバークロスしています。

小田急線との間には連絡改札はなく(経路を確定するためSuica簡易改札機のみ設置されています)、改札業務などは小田急にすべて委託されています。この点は鶴見線の八丁畷に近い存在といえます。

かつては構内有人踏切を渡る必要がありました

かつての構内踏切
【写真2】かつての構内踏切。手前側の線路は、現在ホームに埋もれています。《2005年6月26日撮影》

かつては、相模線のホームは小田急のコンコースからみて反対側にあったため、構内踏切で連絡していました。この構内踏切は手動式で、列車が接近する、または発車するタイミングになると駅係員がその都度開閉していました。しかし、頻発する踏切事故対策の一環なのか、2線ある相模線のうち西側の線路を埋める形で新しいホームが作られ、構内踏切は廃止されました。反対側の旧ホームも残ってはいますが、踏切が廃止された現在では出入りのしようがありません。

一応片面ホームのみといってよいのでしょう

厚木駅に進入する相模線電車
【写真3】厚木駅に進入する相模線電車。背後に横切って見えるのは小田急小田原線。《2006年5月6日撮影》

ホーム近辺では片面1線という非常にシンプルな構成になっており、下りおよび上りの列車が到着するたびに、どちら方向への列車かという案内アナウンスが流れます。かつては小田急小田原線と相模線を結ぶ短絡線が、厚木駅の南東側に敷設されていましたが、1970年頃には姿を消しています。

実は列車交換が可能なのです

厚木駅より海老名方を望む
【写真4】厚木駅より海老名方を望む。場内信号機があり、列車交換も一応可能です。《2006年5月6日撮影》

ホームの部分は1面1線ですが、海老名方では線路が分かれています。正式な駅本屋(厚木駅の中心)はこちらにあり、この部分には信号機が設置されており、閉塞区間の区切りになっているため、列車交換が可能です。実際、タブレットを用いて列車交換を行っていた時代は、この部分で列車の行き違いが行われていました。現在でも信号扱いなどは、ホーム位置ではなくこの中心地で行われており、営業キロの計測もここが中心になっていますが、社家などと同様のコンクリート造りだったという旧駅舎の痕跡は残っていません。比較的最近まで、びゅうプラザ(JR東日本の旅行代理店)の支店が置かれていましたが、現在は廃止されているようです。

かつては砂利の採取と搬出で多くの貨車が行き交った厚木駅ですが、相模川の砂利採取が禁止されたことに伴い砂利輸送が衰退。さらに駅周辺にあったセメント工場からの輸送量も減少し、駅の北西側には長らく広大な空き地が広がっていました。2000年頃からマンションが立ち並ぶようになり、現在ではやや不相応な側線の多さが往事をわずかにしのばせるのみとなっています。

なお、厚木から次の海老名より少し先までは、右側に線路が並走するため複線のように見えますが、これは相鉄の厚木貨物線です。相鉄厚木駅も一応健在ですが、すでに貨物列車の発着はなく、事実上車両基地になっています。

駅名の由来

最初に開業した神中鉄道が、厚木町(現在の厚木市)への最寄り駅として暫定的に命名したものが、その後も定着したものです。なお、この駅の領域が厚木町や厚木市の領域に入ったことはありません。

歴史

全国的にも、極めて複雑な経緯を経てきた駅の一つです。ここでは神中鉄道(現、相鉄本線)を含めて概要のみ記述します。

  • 【1926年5月12日】 神中鉄道によって二俣川-厚木間が開業した際、厚木駅開業。
  • 【1926年7月15日】 相模鉄道によって倉見-厚木間が開業した際、相模鉄道の厚木駅開業、接続駅となります。
  • 【1927年4月1日】 小田原急行電鉄によって新宿-小田原間が開業した際、相模鉄道との交差部分に「河原口」駅開業。
  • 【1929年2月】 神中鉄道が「中新田口」駅を設置、小田急の河原口駅と連絡。
  • 【1931年4月29日】 相模鉄道によって厚木-橋本間が開業、相模鉄道の中間駅となります。
  • 【1932年11月1日】 相模鉄道の社家-厚木間に「中新田」駅開業。厚木駅はそのまま存続。
  • 【1941年11月25日】 神中鉄道の相模国分(現在は信号場)-海老名間開業に伴い、神中と小田急の連絡駅が中新田口から海老名に変更。
  • 【1943年2月】 相模鉄道が東京急行電鉄小田原線の河原口駅および神中鉄道の中新田口駅に隣接し、新駅「河原口」駅を開業(諸説あり)。
  • 【1943年4月1日】 相模鉄道が神中鉄道を買収、分岐駅となります。
  • 【1944年6月1日】 相模鉄道の茅ヶ崎-橋本間の国有化に伴い、国有鉄道(運輸通信省)相模線の駅となります。この際、国鉄相模線および東急小田原線の河原口駅を厚木駅構内の乗降場とし(厚木駅本屋は従来どおり)、公式接続駅となります。
  • 【1964年11月4日】 この日かぎりで相鉄の海老名-中新田口間の旅客営業廃止。
  • 【1986年10月31日】 この日かぎりで貨物営業廃止(相鉄接続を除く)。
  • 【1987年4月1日】 国鉄の分割民営化に伴い、JR東日本の駅となります。

周辺の見どころ

特になし。

《乗り換え》小田急-小田原線

2014年5月18日(最終更新)

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