ホームも改札口も地下
東急のターミナルとして巨大な存在感を示しているのが、渋谷駅です。東急横浜電鉄系列の東横線、玉川電気鉄道の系譜を引く田園都市線という2線の始発駅で、構内はつながっているものの、ホームは離れた位置にあります。
東横線、田園都市線ともに東京メトロと相互直通運転を行っていることに加え、地下ホームになっているため、渋谷の街においてランドマークたり得る存在にはなっていません。それでも、駅施設の大きさや利用者などを考慮すれば、押しも押されもしない一大ターミナルといってよいでしょう。
東横線の乗り場は島式2面4線が、地下5階と非常に深い位置に設けられています。位置は明治通り直下、宮益坂下交差点以南に該当しますが、何分地下深いため、ホームに降りても位置を判断するのは困難でしょう。東横線側、副都心線側共に、当駅で折り返す列車も設定されています。
東横線は副都心線と相互直通運転
東急東横線は、地下鉄副都心線と相互直通運転を行っています。方向別に2つの島式ホームがあるものの、乗車ホームと降車ホームが分離されていないため、列車が到着するたびに降車客と乗車客が入り混じります。ホームの幅がそれほど広くないこともあって、出口へ向かう階段やエスカレーターの乗り場付近では、渋滞が頻繁に発生します。降車ホームを外側に設けられれば混雑はかなり緩和されると思われますが、スペースの確保が難しかったのでしょうか。
ホームはカーブを描いていることに加え、深い位置にあるため支柱もかなり太くなっています。このために見通しが悪くなっており、ホーム上に踏み台が設けられ、監視員が常駐しています。
この東横線地下ホームは、東横線が地下化される前から、先行開業していた東京メトロ副都心線の渋谷駅として利用されていました。この際、駅の管理自体は東急が担当していたため、東京メトロのみの駅にもかかわらず東急仕様の案内表示などがなされるなど、いささか不思議な状態が続いていました。
東横線はかつて東口の高架駅
田園都市線の乗り場は路線開業当初から地下でしたが、東横線は長らく高架上に乗り場を構えていました。地下駅として生まれ変わったのは2013年3月のことで、一般のマスメディアにも大々的に取り上げられました。
高架時代の東横線乗り場は、山手線内側(東側)の地上2階に、山手線に寄り添うように設置されていました。渋谷駅東口バスターミナルからは、巨大なかまぼこ形の大屋根と、貝をずらりと並べたような特徴ある外観が、東急のターミナルを強くアピールしていました。
東横線はターミナルデパートとともに
頭端式4面4線のホームに列車が出入りする様は壮観で、大手私鉄ターミナルとしての貫禄を備えていました。
また、鉄道ターミナル型百貨店である東急百貨店東横店も隣接しており、利便性の高い位置にありました。鉄道会社が自社系列の百貨店をターミナルに設けるのは、関西地区の阪急梅田駅に倣ったもので、関東地区では最初のものです。もっとも、現在の東急百貨店自体の前身は白木屋呉服店であり、法人単位で見れば呉服屋系百貨店ともいえます。
高架駅の跡地は鉄道の拡幅や駅ビルに
開業以来地下ホームだった田園都市線とは構内が分断されていたため、東急各駅の切符売り場には、東横線渋谷までと田園都市線渋谷までとで、異なる運賃が掲示されていました。
なお、高架駅の跡地は、JR駅および銀座線駅の拡幅や、新たな駅ビルの建設用地になります。渋谷駅の再開発は、もはや東京急行電鉄および東京地下鉄という2つの鉄道会社だけに留まるものではなく、JR東日本や地元自治体をも含め、多方面を巻き込んだ大がかりなものになっています。
地下の連絡通路には巨大なサインが
東横線(副都心線)渋谷駅は地下5階、田園都市線(半蔵門線)渋谷駅は地下3階にあり、この間を結ぶ通路が地下4階にあります。
大きな矢印による方向指示、情報を整理した掲示、コントラストが高い色使いなど、誘導サインには相当苦労の跡がうかがえますが、人が早足で行き交うことを想定しない掲示も多く、掲示を見逃した場合に迷ってしまうことが多いなど、問題を残しています。特に路面の掲示は、なかなか気づきにくいのですが、朝ラッシュ時の渋谷駅における人の流れを考慮してほしいものです。
田園都市線は半蔵門線と相互直通運転
一方、田園都市線は、東京メトロ半蔵門線と相互直通運転を実施しています。こちらは島式ホーム1面2線と、東横線に輪を掛けて狭くなっています。田園都市線側で当駅終着または始発となる列車も、半蔵門線へ回送列車として乗り入れていきます。ホーム増設が検討課題になったこともあるようですが、具体的な実現の見通しは立っていません。
位置は、渋谷名物スクランブル交差点から宮益坂下交差点までの道路の直下にあたります。すなわち、東横線とは直角に交差する形になっています。
田園都市線ホームはかつて東京メトロ管理でした
かつては、この田園都市線乗り場は東京メトロが管理していましたが、現在では東急による管理に移っています。これに伴い、各種サインは基本的に東急仕様のものに切り替わりましたが、壁面など一部に東京メトロ仕様の物が長く残りました。
地上に出ると青ガエル
田園都市線駅の上に当たるハチ公前には、「青ガエル」こと東急5000系のトップナンバーである5001号がモニュメントとして置かれていますが、歴史に名を残す名車両のトップナンバーにしては粗雑に扱われていると思うのは、鉄道ファンだけでしょうか。一般的にはハチ公像の方がはるかに有名ですし、渋谷区管理になった以上致し方ないのかもしれませんが。
人呼んでダンジョン駅
東横線渋谷駅は、著名な建築家である安藤忠雄の設計によるもので、巨大な吹き抜けを設けることで自然換気を可能にし、各所に水冷装置を設けて冷房効率を向上させるなど、自然環境への配慮がなされています。
誘導が明確になって欲しいところ
そうはいっても、利用客の動線に適したものとはいえず、特に朝夕のラッシュ時間帯には乗り換え客が長蛇の列になる箇所も少なくないのが実態です。地下を歩いて移動しても、床面の昇降が頻繁で垂直方向の感覚がわかりにくくなるという問題点もあります。パッチワーク的な整備が、これに輪を掛けています。
このため、仮設通路の設置など、地下駅完成後も工事が随所で行われています。また、出口番号の再編と案内誘導サインの刷新などが行われる予定です[1]。
停車列車 [2019年5月現在]
東横線
S-TRAIN以下、すべての列車が停車します。
田園都市線
急行以下、すべての列車が停車します。
番線は連番になっており、1-2番線が田園都市線(半蔵門線)、3-6番線が東横線(副都心線)の駅の乗り場です。
歴史
最初に玉川電気鉄道(後の東急玉川線、現在は廃止)が開業し、その後に東京横浜電鉄(現、東横線)が開業しました。ここでは、戦後の東京急行電鉄に関する歴史のみを記述します(東京急行電鉄井の頭線渋谷駅は、京王電鉄-井の頭線:渋谷駅の項目をご覧ください)。
略年表(クリックまたはタップで開閉)
- 1927年(昭和2年)8月10日
- 玉川電気鉄道の渋谷-道玄坂上間開通に伴い、玉川電気鉄道の渋谷駅開業。
- 1927年(昭和2年)8月28日
- 東京横浜電鉄の渋谷-丸子多摩川(現、多摩川)間開通に伴い、東京横浜電鉄の渋谷駅開業。
- 1931年(昭和6年)11月1日
- 東横ターミナルビル開業、高架駅となります。
- 1969年(昭和44年)5月10日
- この日かぎりで玉川線全線廃止。
- 1977年(昭和52年)4月7日
- 新玉川線(現、田園都市線)の渋谷-二子玉川園(現、二子玉川)間が開通、新玉川線渋谷駅開業。
- 1978年(昭和53年)8月1日
- 帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)半蔵門線の渋谷-青山一丁目間が開通、新玉川線と相互直通運転を開始します(駅管理は営団に移る)。
- 2008年(平成20年)4月
- 田園都市線渋谷駅の駅管理が、東京地下鉄から東急に移行。
- 2008年(平成20年)6月14日
- 東京地下鉄副都心線・池袋-渋谷間が開通し、東京地下鉄渋谷駅が開業(駅管理は東急が行う)。
- 2013年(平成25年)3月16日
- 東横線の乗り場が地下に移動、東京メトロ副都心線と相互直通運転を開始[2]。