国立駅は高架化されています。本稿は、旧駅舎が稼働していた高架化前の写真および訪問記になっています。(2020年5月25日)

駅前から並木道がすっと延びる

国立

くにたち
Kunitachi
国立駅
国立駅南口駅舎。2006年6月17日

堤安二郎の開発地

国立駅南口改札口
写真1国立駅南口改札口。2006年6月17日

後の西武グループ総帥となる堤康次郎が、この地区を中心に文教都市開発を図ったのが国立のはじまりです。国立の玄関口となった南口駅舎も、堤が経営する箱根土地が建造したものを、鉄道院(当時)に寄贈したものです。両隣の駅が国分寺と立川であったため、これの頭文字を取って国立という駅名となり、のちにこれが町名を経て市名にいたっています。

2面2線から成る地平駅ですが、ホームは南口地平よりやや高いところにあります。ホームはいずれも線路の南側にあるため、単式ホームと島式ホームが並ぶような形になっていますが、上下線に挟まれている上りホームの南側には壁が設けられており、相互には見通せない形になっています。

半地下にある通路を介して南北に出口が設けられています。北側はごくシンプルな出口になっています。

左右非対称の駅舎

国立駅南口コンコースの掲示
写真2国立駅南口コンコースの掲示。2006年6月17日

南口にある、国立の街の顔ともなっている三角屋根の駅舎は、木造モルタル平屋建てで、現役当時、都内では原宿駅についで古いものとされていました。駅舎は正面右手が垂直に切り落とされた左右非対称のものですが、これは後述する駅前からの2本の道路(旭通りと富士見通り)を図案化したためといわれています。軒にはアーチ状の窓がはめ込まれており、明かり取りの役割を担っています。

三角屋根の駅舎が国立駅のトレードマークとして定着しているのは確かのようで、「みどりの窓口」の上には同駅舎をかたどった案内板が設けられていました。

旧駅舎は復元前提の解体へ

国立駅南口コンコース
写真3国立駅南口コンコース。2006年6月17日

中央線高架化工事に伴って退役することになっており、復元を前提として解体される予定です。駅周辺の高層建造物が増加し、駅舎の相対的な比重が低下している面は否めませんが、駅前広場と一体化した街の玄関としての位置づけは変わらないだけに、方針が定まらないまま取り壊しという結末だけは避けてほしいものです。

駅前との調和がよい

国立駅南口駅前
写真4国立駅南口駅前。2006年6月17日

もっとも、肝心の駅舎は、近隣の中央線各駅に比べて手狭な印象が否めず、高架化ののちに現状のまま使い続けるには無理があるように思われます。面積もさることながら、コンコースには無骨な柱が数多く並んでおり、バリアフリーが求められる公共施設としてはかなりの改修が必要になりそうです。古レールを使った支柱、リベットが露出した軒など、いい雰囲気を出しているのも確かではありますが、ノスタルジーを現在求められる機能性に対して優先させるべきではありますまい。街の歴史を継続的に現前させるだけの効果を持つ存在である今の駅舎に対しては、小規模な移動のうえ、これを包摂する新駅舎につなげるのが現実解として妥当なところと思われるのですが。

駅前のロータリーを起点として、南へ一直線へ延びる「大学通り」のほか、南東へ「旭通り」、南西へ「富士見通り」が延びています。裏を返せば、駅がアイストップになっています。特に大学通りは、車道と自転車道、歩道と緑地帯が分けられた日本離れした通りになっています。一橋大学を筆頭として大学や高校が多いこともあり、駅の近くには若者をターゲットとした各種商店が並んでいます。

停車列車 [2020年5月現在]

快速(三鷹以西各駅停車)のみが停車します。

乗り場

南側から順に1番線、2番線、3番線となります。

  • 1.中央線下り 立川、高尾方面
  • 2.(不定)
  • 3.中央線上り 新宿、東京方面

駅名の由来

確認中。

歴史

駅が設置されたのは1926年4月のことで、両隣の駅から駅名を取って国立と命名されました。

略年表(クリックまたはタップで開閉)
1926年(大正15年)3月1日
中央本線・国分寺(当時は西国分寺駅は未開業)-立川間に、谷保(やほ)仮信号場設置。
1926年(大正15年)4月1日
中央本線・国分寺(当時は西国分寺駅は未開業)-立川間に、国立駅開業。合わせて谷保仮信号場廃止。
1962年(昭和37年)10月24日
この日限りで貨物営業廃止。
1987年(昭和62年)4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR東日本の駅となります。

駅周辺

確認中。

近隣の見どころ

大学通り

大学通り

駅から南へ一直線に伸びる通りで、国立市のメインストリートです。上述のとおり、車道と歩道、自転車道が画然と分けられているほか、一定幅をもつ緑地帯があるため、緑豊かな通りとなっています。駅周辺には商店が並び、その南には一橋大学、さらに桐朋学園や個人住宅が続きます。ただし、南に行くにしたがって“普通の並木道”となっていき、南武線谷保駅付近にはパチンコ店や居酒屋が見られる、どこにでもある道路となっています。

【写真】大学通り。桐朋学園東交差点から北側を望む。2006年6月17日撮影。

一橋大学兼松講堂ほか

一橋大学兼松講堂

コメント準備中。

【写真】一橋大学兼松講堂。2006年6月17日撮影。

その他

  • 第2回「関東の駅百選」(運輸省関東運輸局)選定駅。

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