信長が覇権を天下に示した地に

安土

あづち Azuchi
安土駅
▲安土駅駅舎《2016年7月3日撮影》

朝には当駅始発の下り列車が

安土駅ホームと旧跨線橋
【写真1】安土駅ホームと旧跨線橋(奥は神戸方)。《2016年7月3日撮影》

能登川の先で、東海道本線はやや高くなっている丘陵地帯を越え、再び左右に田園が広がるようになると、ほどなく安土に到着します。

2面3線という国鉄型配線の駅で、新快速は通過し、普通列車のみが停車します。なお、朝に当駅始発の下り列車が2本(土休日は1本)設定されており、これに乗ると京阪神に9時前に到着できます。遠距離の通勤通学需要が一定数あるのでしょう。

跨線橋は新しいものに

安土駅ホームと新跨線橋
【写真2】安土駅ホームと新跨線橋(奥は米原方)。《2016年7月3日撮影》

跨線橋は、ホーム中ほど神戸方に年季の入ったものが設けられていますが、現在は使用中止になっており、その代わりとして米原方に仮設の新しい跨線橋があります。下りの島式ホーム上には待合室が整備されています。

上りのホーム上屋はかなり古いもののようで、古レールが使われていました。

謎の空間があります

安土駅自動改札機の脇にある謎の空間
【写真3】安土駅自動改札機の脇にある謎の空間。《2016年7月3日撮影》

自動改札機が導入されていますが、その脇には謎の空間があり、柵でふさがれています。改札口の脇にこのような空間がある場合、そこには売店が置かれて改札の内外どちらからでも使えるようにしていることが多いのですが、ここ安土では、なぜか単なる待合室になっています。かといって売店がないわけではなく、【写真3】の裏側にキヨスクがあります。なぜこういった配置にしているのか、不可解。

トイレは駅舎とは別棟になっており、改札内からのみ利用できます。

駅舎はシンプルな木造のもの

安土駅改札口
【写真4】安土駅改札口。《2016年7月3日撮影》

「みどりの窓口」が営業しているほか、自動改札機も置かれており、有人駅としてひととおりの機能をそろえていますが、やはり手狭なのは確かでしょう。

駅舎は木造平家建、切妻屋根の非常にシンプルなものです。特にこれといった装飾もなく、申し訳程度に車寄せがあるのみで、地方の小駅の代表例ともいった趣です。東海道本線の駅としてはかなり小ぶりなものという印象を受けます。

老駅舎の姿もあとわずか

安土駅駅前
【写真5】安土駅駅前。《2016年7月3日撮影》

こんな安土駅ですが、現在橋上駅舎の建設工事が進んでいます。跨線橋の付け替えはこれに伴うもので、旧跨線橋を撤去してそれを含む位置に橋上駅舎を設置することになります。橋上駅舎化に際しては、改札口は上りホームの上に置いて駅舎本体は北側にし、南側へは自由通路を通る形になるとのことです[1]。稲枝や篠原の木造駅舎が消えた今となっては、この地域では希少な木造駅舎ですが、その姿を見られるのもあとわずかです[2]

駅前は小さなロータリーがありますが、古くからの民家があり、蔵が建っているのが見えるなど、町の玄関口という雰囲気からはいささか離れているような感じです。なお、駅の南側には、地下道で移動することができます。

停車列車 [2016年7月現在]

普通列車のみが停車します。

乗り場

北側(駅本屋側)から順に、1番線、2番線、3番線となります。

  • 1.東海道本線上り 彦根、米原方面
  • 2.東海道本線下り 京都、神戸方面
  • 3.東海道本線下り 京都、神戸方面

駅名の由来

確認中。

歴史

詳細は確認中。

1889年7月1日
官設鉄道(内閣鉄道局)によって長岡(現、近江長岡)-米原-馬場(現、膳所)間が開業。この際には駅未設置。
1914年4月25日
能登川-八幡(現、近江八幡)間に、安土駅開業。
1972年3月14日
この日かぎりで貨物営業廃止。
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、JR西日本の駅となります。

周辺の見どころ

確認中。

  1. 滋賀報知新聞「現跨線橋の西側に橋上駅案 JR安土駅及び周辺整備促進会議」(2010年10月26日)。
  2. 毎日新聞・滋賀「JR安土駅 新駅舎デザイン発表 天守閣をイメージ 近江八幡」(2016年4月21日)。

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