高架上に3面5線
“JR神戸線”と称される、大阪-神戸-姫路ルートの中間駅と化していますが、線路名称上では東海道本線の終点であり、また山陽本線の起点駅でもあります。現在、神戸市の繁華街は三宮から元町のかけてのエリアで、神戸駅は大都市の市街地ではあるものの、玄関口としての位置はすでに失われています。
ホームは高架上にあり、島式ホーム2面4線のほか、上り線の外側にも臨時列車用のホームが設けられており、3面5線となっています。ホーム下には、東海道本線の終点および山陽本線の起点であることを示すキロポストが埋め込まれています。
踊り場の両側に改札口が
高架上のホームから下りると、中2階の踊り場があります。臨時列車用のホームへの出入口は、通常は封鎖されています。
改札口は長らく1個所のみでしたが、現在は姫路方面にも改札口が設置されました。
緩行線の下関方に引き上げ線あり。
現在の駅舎は三代目にあたります。国鉄最初の高架駅のひとつとして1930年に開業したものが、手を加えられながら現在まで活用されています。戦前には貴賓室が設けられていました(現在も、駅構内の食堂内に残っています)。クラシックホテルを連想させる、格調の高い柱の造形など、きわめて手の込んだものになっており、神戸の玄関として重視されていたことがうかがえます。特に、駅の北側は、縦長の大窓がずらりと並んでおり採光がよく、高架駅特有の息苦しさがかなり抑えられています。1995年1月に発生した阪神・淡路大震災で被害を受けたものの、基幹部分への影響はありませんでした。
ああああ
北口玄関には大きな軒が
神戸駅周辺では、JRの線路はほぼ南北方面を向いており、したがって中央改札口を出て左側は「西口」というのが正しいのでしょうが、阪神間では「海側=南、山側=北」というイメージが強いせいか、こちら側は「北口」と呼ばれています。
その北口が神戸駅の正面玄関にあたります。大きな軒がぬうっとせり出すように延びており、ゆるやかにカーブを描く角の部分が、端正な印象を与えます。出口の左側で、地下道へと向かう通路の屋根と重なっているため美観的にはややバランスを欠いていますが、利便性を考慮すればいたしかたないでしょう。
窓は洋館風の縦長
外壁はスクラッチタイルがびっしりと敷き詰められており、重厚な外観になっています。
窓は縦長の洋館風で、かつては上下に開けられていたものと思われますが、現在は固定されています。2階部分の窓の上には針が置かれていますが、おそらく単なる鳩よけでしょう。
トレードマークの大時計が健在
駅舎を玄関正面から見ると、軒の上に大きな明かり取りの窓があることがうかがえ、夕方になると、ここから射し込む日の光が、コンコースを柔らかく彩ります。ステンドグラスではなくノーマルガラスにしているのが、かえって温かみを感じさせる気がします。
ここにはめ込まれているステンドグラスの大時計(直径1.7m)は、現在の駅舎になってからも変わらず時を刻んでいます。
駅の北側は、ロータリーが整備されており、多様な商店や飲食店が入る地下街「デュオ神戸」が高速神戸駅まで連なっており、その上にはバスターミナルがあります。
駅の南側は、1982年に廃止された湊川貨物駅跡地を再開発した一大商業施設「ハーバーランド」となり、買い物客で賑わっています。駅を出るとすぐ正面に、地下道へと通じる階段とエスカレーターが設置されており、その向こうには国道と都市高速道路が走っており、横浜駅と似ているところがあります。
地上にはバスターミナルが整備されています。ただし、駅周辺ににょこにょこ建てられた新しい建造物のため、駅舎の外観を把握しにくくなっているのが残念です。
歴史
大阪-神戸間に鉄道が開通した際に設置された、関西地区最古の駅のひとつです。
- 1874年5月11日
- 大阪-神戸間に鉄道が開通した際に開業。
- 1874年12月1日
- 貨物営業を開始。
- 1889年9月1日
- 山陽鉄道の神戸-兵庫間が開通、山陽鉄道が官設鉄道(内閣鉄道局)神戸駅で接続。
- 1906年12月1日
- 山陽鉄道が国有化され、官設鉄道(逓信省鉄道作業局)の単独駅となります。
- 1928年11月30日
- 湊川駅(貨物駅、現在は廃止)開設に伴い、この日かぎりで貨物営業廃止。
- 1987年4月1日
- 国鉄の分割民営化に伴い、JR西日本の駅となります。
その他
- 第2回「近畿の駅百選」(国土交通省近畿運輸局)選定駅。