都会の中に忘れられたようなターミナル

汐見橋

しおみばし
Shiomibashi
汐見橋駅
▲汐見橋駅駅舎《2003年9月23日撮影》
汐見橋駅コンコース
【写真1】駅舎内に入ると、天井が高くゆったりしており、無機質で冷たい印象を与える外観とは、ずいぶん雰囲気が異なります。《2003年9月23日撮影》

南海高野線のターミナルです。実際には、高野線の電車は難波が起点となっており、汐見橋-岸里玉出は“汐見橋線”とアナウンスされるなど、すでに高野線の一部とは認知されていないのが現状です。

鉄筋コンクリート2階のしっかりした駅舎を構えています。しかし、駅前を通る千日前通にふさがれるような形になっており、どうにも存在感が希薄という印象は否めません。古い割にのっぺりしたコンクリートの壁は、活気というものとほど遠くなってしまった実状を語っています。

駅舎に入ると、高い天井のほか、出札窓口や手荷物取扱窓口の跡が残っており、にぎわいを見せた時期があったことをうかがわせます。

改札口上の観光案内図
【写真2】かつての栄華をうかがわせる観光案内図。かつてはこの駅を、観光客が出入りしていたのでしょうか。《2003年9月23日撮影》

改札口の上には「南海沿線観光案内図」が掲げられています。今では廃止になった路線がかかれているほか、南紀方面へ向かう路線まで入っているのは、和歌山市駅経由で紀勢本線に直通していたことを示しているのでしょう。相当な年代物ですが痛みも目立っており、補修が望まれるところです。

汐見橋駅改札口
【写真3】汐見橋駅改札口。【写真2】の真下に当たります。《2003年9月23日撮影》

頭端式ホーム1面2線から成り、改札を入って短いスロープを上がるとすぐに乗り場になります。駅務室の脇にはひょうたん型の池があり、魚が泳いでいます。なお、通常は正面向かって左側の1番線が使われており、2番線はごく一部の利用に限られているようです。

“汐見橋線”区間の中でも利用者が少ない駅でしたが、それでも始発駅ということで、駅員が配置されていました。列車が到着すると駅員が出迎えますが、どの時間帯でも、降りてくる利用客はごくまばらでした。それでも、阪神なんば線開通以降は、それなりに利用客は増加しているのかもしれませんが。

汐見橋駅コンコース西側
【写真4】汐見橋駅コンコース西側。かつてあった売店はすでに営業を終えて久しい。《2003年9月23日撮影》

駅はなにわ筋に接する位置に設けられており、市場や倉庫などが多く並ぶ産業地域であるほか、ホームレスの青いビニールシートが目に付きます。なお、先頭に示している写真は、当時千日前通に架かっていた歩道橋から撮影したものですが、この歩道橋は阪神なんば線の工事に伴って撤去されています。

阪神なんば線および地下鉄千日前線の桜川駅が近く、事実上の乗換駅となっています。特に阪神なんば線の駅は、千日前線桜川駅よりも汐見橋駅のほうがより近く乗り換えも便利でしたが、運転本数などを考慮して駅名を前者に合わせたものと思われ、汐見橋駅の現在の状況がうかがえます。

乗り場

西側(改札口から見て左側)から順に、1番線、2番線となります。

駅名の由来

駅の北側、道頓堀川に架かっている橋の名称から取られたものです。

歴史

1900年9月3日、高野鉄道(のち、高野登山鉄道を経て、大阪高野鉄道)のターミナルとして開業しました。当初は「道頓堀」と名乗っていましたが、全国的に名高い道頓堀橋は東に1.4キロほど離れた位置にあり、駅の北を流れる西道頓堀川から取ったものと思われます。その後「難波桜川町」と改称され、ほどなく現在の駅名に落ち着いています。

周辺の見どころ

確認中。

【高野線】 汐見橋芦原町木津川津守西天下茶屋岸里玉出帝塚山住吉東沢ノ町我孫子前浅香山堺東三国ヶ丘百舌鳥八幡中百舌鳥白鷺初芝萩原天神北野田狭山大阪狭山市金剛滝谷千代田河内長野三日市町美加の台千早口天見紀見峠林間田園都市御幸辻橋本紀伊清水学文路九度山高野下下古沢上古沢紀伊細川紀伊神谷極楽橋

《乗り換え》阪神-阪神なんば線:桜川大阪市-千日前線:桜川

2005年8月29日、写真を追加の上加筆修正
2011年8月22日、写真を追加の上加筆修正

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