東海道本線と東海道新幹線の接続駅で、いずれも高架ホームから成ります。南北に大きな自由通路が延び、在来線の改札口と新幹線の改札口が並んでいるというオーソドックスなスタイルです。また、在来線と新幹線の乗り換え改札口も設けられています。
東海道本線は、島式ホーム2面4線から成るほか、通過線1本があります。駅の北口に駅ビル「パルシェ」があり、中央改札口とは別にパルシェと直結する改札口があります。静岡の中心街である北口側に位置していますが、駅前広場を横断するにはあまり広いとはいえない地下道を通る必要があるため、いつもごった返しています。駅正面を通っているのは国道1号線です。
東海道新幹線は、相対式ホーム2面2線と中線2線というスタイルで、通過待避を行う形状になっています。南口側にあり、こちらにも商業施設が入っています。
駅名の由来
都市名ともなっている静岡は、明治初期にできた地名です。当時この地を支配していたのは駿河府中藩で、呼称としては「駿府」および「府中」が一般的でしたが、「府中」は「不忠」に通じるとして、この地にある賤機(しずはた)山から「賤岡」にしたところ、今度は「賤」の字が不吉であるとされ、現在の「静岡」に落ち着きました。
歴史
東海道線は、国府津からこの静岡まで一気に開業しました。その先の浜松まで開業したのは、1889年4月16日のことです。当初から一般駅として営業しましたが、東京方の東静岡貨物駅開業後は旅客駅としての色彩を強め、1973年5月30日かぎりで貨物営業は廃止されました。1979年10月12日に高架化されています。
略年表(クリックまたはタップで開閉)
- 1889年(明治22年)2月1日
- 国府津-御殿場-沼津-静岡間が開通した際に、開業。
- 1889年(明治22年)4月16日
- 静岡-浜松間が開通、中間駅となります。
- 1964年(昭和39年)10月1日
- 東海道新幹線東京-新大阪間が開通し、新幹線の静岡駅が設置されます。
- 1973年(昭和48年)10月1日
- この日限りで貨物営業廃止。
- 1979年(昭和54年)10月12日
- 高架化完成。
- 1981年(昭和56年)10月
- 駅ビル「パルシェ」オープン[1]。
- 1987年(昭和62年)4月1日
- 国鉄の分割民営化に伴い、JR東海の駅となります。
近隣の見どころ
駿府城跡
駅から北西へ、御幸町通りを進み徒歩12分。静岡鉄道・新静岡をご覧ください(未記述)。
登呂遺跡
駅から南東へ進み、徒歩30分。弥生時代後期のの竪穴式住居や高床式倉庫、水田跡が復元されているほか、各種の出土品を展示している博物館が併設されています。戦時中、軍需工場建設に先立って行われた発掘調査の際に、各種の遺構が発見されたのがきっかけ。すぐ南側を東名高速道路が走っているものの、周囲は住宅地となっているため、著名な遺跡というよりは、地元にとけ込んだ公園といった雰囲気が強い。散策自由。
【Link】静岡市立登呂博物館公式Webサイト
【Map】OpenStreetMap / Google Map / Mapion