皇居に向かって荘厳な駅舎が構えます

東京

とうきょう Tokyo
東京駅
▲東京駅丸ノ内駅舎全景《2003年4月24日撮影》

丸の内駅舎は皇居を向いて

東京駅中央口
【写真1】丸の内の皇室用中央口は、通常は使われることなく、その扉は閉ざされています。《2013年11月23日撮影》

帝都である東京の玄関口として、皇居へまっすぐと通路を結ぶ位置に設けられた駅です。今でこそ単なる新幹線の始発駅という程度の存在ですが、日本にあまたある駅の頂点に位置するといえる存在でもあります。

多数の線路が高架上に広がり、南北方面からの列車が頻繁に発着するさまは壮観です。西側(皇居側)の丸の内口、東側の八重洲口の2つのメイン玄関から成っています。このほか、皇居側および鍛冶橋通り側にも地下ホームがあります。

改修の是非が議論されました

北口改札口
【写真2】北口改札口。天井の改修されたドームは一見の価値があります。《2003年4月24日撮影》

八重洲口にそびえている赤レンガ駅舎は、明治時代の日本を代表する建築家、辰野金吾によって設計されたもので、国の重要文化財に指定されています。辰野が留学していたイギリス建築の流れを色濃く受け、要所に堅牢な花崗岩を用いており、赤と白のコントラストがみごと。建設当時は3階建てで、オランダのアムステルダム中央駅がモデルになっているという説もありましたが、これは後世の巷説に過ぎないもののようです。

関東大震災の際には大きな被害はなかったものの、1945年5月25日の東京大空襲では天井のドーム部分が焼失し、1947年の修復の際に、現在の姿に生まれ変わりました。当初は応急措置として修復されたものですが、物資が極端に不足していた時代に行われた作業とはいえ、さほど陳腐化・老朽化しているように見えないのは、中央停車場としての東京駅ゆえに、綿密な工事が行われた結果でしょう。

1970~80年代の再開発計画を乗り越えてきた丸の内駅舎も、文化財として価値の高い点は誰しも一致するところですが、辰野が設計した竣工当初に復元しようとする意見と、60年近くの長きにわたり定着してきた現状のままでの保存を望む意見が分かれました。結局前者の意見が通り、JR東日本が進める「東京ステーションシティ」の一環として、3階建てに復原する工事が2007年5月30日から行われており、2012年度なかばに完成しました。

復元されたドーム

改修された北口外観
【写真3】改修された北口外観。戦争での被災後長らく直線的な屋根でしたが、大規模な修復工事によりドームが再現されました。《2013年11月23日撮影》

丸の内の駅舎は、南北の全長が335メートルにも達する長大なもので、このため正面から全貌を把握するのはとても不可能です。正面に向かって左手の北口は降車専用、右手の南口は乗車専用とされ、中央口は皇室専用口として、車や馬車が乗り付けるようになっていました。もっとも、改札口や構内通路を一方通行にすることのメリットなどほとんどなく、戦後にこの一方通行は解除されました。

北口と南口のそれぞれの改札上には大きなドーム型の天井があり、豪壮な雰囲気が漂っています。正面玄関右手には、歴史ある「東京ステーションホテル」が入っています。

丸の内には、三菱地所系のビルの中に巨大企業の本社などが多く入っており、日本版のマンハッタンともいうべき光景が広がっています。

八重洲側にも立派な駅舎が

八重洲口駅舎
【写真4】八重洲口には東京大丸店が入っており、高速バスが頻繁に発着していますが、ツインタワービル建設に伴いこの光景も大きく変わります。《2003年5月16日撮影》

反対側である八重洲口にずらりと居並ぶ高速バスの列は、八重洲の風物詩といってよいでしょう。筑波方面へ向かう高速バスや臨海副都心とを結ぶ短距離の路線バスまで、さまざまです。

八重洲の駅ビルは12階建てで「大丸東京店」が入っており、特に食料品売り場の充実ぶりはみごとで、列車に乗る前に買い物をするには最適。また、地下街には各種の店舗が入っており、全国各地のみやげものは旅行に行かなくてもここで大半がそろってしまうぐらいで、見ているだけでも楽しい。雑居ビルが建ち並ぶなど雑然とした雰囲気で、最も古い商業拠点であった日本橋へとつながっており、それゆえに庶民的な活気が感じられます。三井本館なども近く、三菱系の企業が多い丸の内とは好対照です。

八重洲口にも再開発の波が迫っており、南北両側に超高層のツインタワービルが建設される予定です。名古屋、札幌に続いて、JRの玄関駅には超高層のタワービル、というのが定着しそうな気配があります。

東北新幹線ホームは少し高く

東北新幹線ホーム
【写真5】東北新幹線ホーム。《2003年3月15日撮影》

現在のホームは、2階の東海道本線・京浜東北線・山手線が4面8線、3階の東北新幹線(上越新幹線なども含む)が2面4線、4階の中央線が1面2線となっており、北口・中央口・南口の1階にそれぞれ連絡通路が設けられています。

また、総武快速線および横須賀線が発着する総武ホームは地下の2面4線で、丸の内中央地下口コンコースから降りて乗り換えとなります。ホームは地下5階相当と非常に低い位置にあり、地下水の浸水が激しいことに加え、国鉄後期の予算縮小期に設けられたこともあり、コンコースが大きい割にじめじめと薄暗い印象が否めません。

いっぽう京葉線も地下の2面4線ですが、もともと成田新幹線用のスペースとして確保されていたもので、東西を自由通路で結んだ中を取り囲むように改札内エリアが仕切られており、事実上別のコンコースが用意されているといっていいでしょう。乗り換えの際は、南口からムーヴィングウォークを3本乗り継いでいく必要があるので、東海道本線との乗り継ぎには20分程度の余裕がほしいところです。この京葉線ホームからは、東京国際フォーラムが至近距離にあります。

中央線ホームは上へ移動

中央線ホーム
【写真6】中央線ホーム。ほかのホームと違って高い位置にあります。《2010年1月10日撮影》

高架駅ですが、駅の東西を結ぶ自由通路は駅の北側に一本あるのみで、高架下の空間は北口通路、中央通路、南通路を軸とした改札内通路で占められています。また“駅ナカ”が非常に発達しており、多種多彩な商品販売店や飲食店が林立しています。

東海道線ホームはやや低い

東海道線ホーム
【写真7】東海道線ホーム。《2011年4月3日撮影》

東北・上越新幹線の乗り入れや、中央線ホームの移動など、つねにさまざまな工事が行われていますが、現在は八重洲口の駅ビルが再開発工事のために大きく姿を変えつつあります。

停車列車 [2011年9月現在]

東海道本線

特急「踊り子」「スーパービュー踊り子」は、次の停車駅が新橋のものと横浜のものがあります。

  • 寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」 東京横浜
  • 特急「踊り子」ほか 東京新橋
  • 湘南ライナー 東京品川
  • 快速・普通 東京新橋

東北・上越新幹線

大半の便は上野に停車しますが、ごく一部通過するものがあります。

  • 新幹線「はやて」ほか 東京上野

総武快速線・横須賀線

特急「成田エクスプレス」の東京以南では、一部品川を通過し、武蔵小杉および渋谷に停車するものもあります。東京以東では、朝は東京方面、夕方以降は成田方面で千葉に停車します。

京浜東北線・山手線

京浜東北線は、昼間時間帯にかぎり、山手線との並行区間である田端-田町間で快速運転を行います(西日暮里、鶯谷、御徒町、神田、有楽町、新橋を通過)。

中央快速線

特急「かいじ」には、ごく一部四ッ谷に停車する便があります。

  • 特急「あずさ」「かいじ」 東京新宿
  • 快速 東京神田

京葉線

特急「さざなみ」「わかしお」には、海浜幕張に停車する便、海浜幕張を通過し蘇我が最初の停車駅となる便があります。

  • 特急「さざなみ」「わかしお」 東京海浜幕張
  • 通勤快速・快速・各駅停車 東京八丁堀

乗り場

総武地下ホームおよび京葉地下ホーム以外は、番線は基本的に丸の内側から順に、1番線、2番線…となりますが、東海道新幹線開通後に東北・上越新幹線が乗り入れたため、在来線(1~10番線)→東北・上越新幹線(20~23番線)→東海道新幹線(16~19番線)という変則的な順番になっています。

総武地下ホーム、京葉地下ホームは、いずれもほかの路線とは別々の番線が割り当てられており、東京駅本屋側が1番線になっています。

  • 1-2.中央線 新宿、高尾方面
  • 3.京浜東北線北行 上野、大宮方面
  • 4.山手線内回り  上野、池袋方面
  • 5.山手線外回り  品川、目黒方面
  • 6.京浜東北線南行 品川、大船方面
  • 7-10.東海道本線下り 大船、熱海方面
  • 20-23.東北・上越新幹線 新青森、新潟方面
  • 総武1.総武快速線・横須賀線 横浜、久里浜方面
  • 総武2.総武快速線・横須賀線 錦糸町、千葉方面/横浜、久里浜方面
  • 総武3-4.総武快速線・横須賀線 錦糸町、千葉方面
  • 京葉1-4.京葉線下り 舞浜、蘇我方面

駅名の由来

コメント準備中。

歴史

東海道線が延長された1910年当時、ターミナルは呉服橋(現在のJTB本社前付近)に設けられましたが、同駅に代わって皇居正面に、日本の玄関たる中央停車場が設置されることとなり、東海道線と東北線とが接続されました(東北本線が公式に東京駅起点とされたのは、1925年11月1日)。1919年には、それまで万世橋をターミナルとしていた中央線との連絡が成り、山手線の運転も開始されました(当時は完全な環状運転ではなく、中野-東京-品川-池袋-上野)。戦前は、日本の中心である帝都の象徴としての意味合いが非常に濃く、このため1921年に原敬、1930年に浜口雄幸両首相が狙撃される舞台ともなりました。

1925年には神田-上野間が高架化され、これに伴い山手線の環状運転が始まり、長距離列車と電車との棲み分けが明確になりました。1929年には八重洲口が開設され、1933年には鉄道省が直営する「東京鉄道ホテル」(現・東京ステーションホテル)が丸の内口にオープンするなど、役割が拡大されましたが、戦争による被害は大きく、上述のとおり丸の内駅舎の形状は変わりました。東京駅の困難は戦後も続き、1948年には八重洲口に新駅舎が落成するも、翌年には失火により全焼します。これを受けて1952年に、民間資本を導入する民衆駅として八重洲新駅舎を着工する運びとなり、1954年に竣工して百貨店「大丸」が入りました。

高度経済成長期に入ると、大量の長距離列車が東海道本線を発着するようになり、1964年には東海道新幹線が開業。八重洲地下街が開業するほか、待ち合わせの目印に用いられる「銀の鈴」の設置や地下通路の拡充など、単に列車が発着する巨大なターミナルとしての機能だけではなく、多くの旅客をさばくことができるように、変容していきます。

1972年7月15日には、従来の東京駅から皇居側に離れた地下ホームが完成し、総武本線が乗り入れが開始されました。さらに1980年になると、横須賀線電車が新川崎経由となり東海道本線から分離されるとともに、総武本線ホームに乗り入れるようになり、総武線と横須賀線が直通運転を行うようになります。

1987年4月1日の分割民営化の際には、在来線の東京駅がJR東日本、東海道新幹線の東京駅がJR東海の管理となりました(このときは、東北新幹線は未開業)。これからしばらく、「東京エキコン」など各種のイベントが開催されています。1990年3月10日には南に大きく離れた位置に京葉線が、1991年6月20日には東海道新幹線に隣接する形で東北新幹線が乗り入れました。

※以下は、交通博物館編『図説駅の歴史 東京のターミナル』河出書房新社、2006年を参考にしています。

1914年12月20日
呉服橋ターミナルにかわって開業。
1915年11月28日
精養軒が経営する東京ステーションホテルが駅舎2階および3階に開業。
1919年3月1日
東京-万世橋間が開業、中央線電車が東京駅に乗り入れ。
1921年11月4日
東京駅構内で原敬首相暗殺事件発生。
1925年11月1日
東京-神田間が開業、東北本線が東京駅に乗り入れ、山手線電車が環状運転を開始。
1929年12月16日
八重洲口開設。
1930年11月14日
東京駅構内で浜口雄幸首相狙撃事件発生。
1933年12月27日
東京鉄道ホテル(現、東京ステーションホテル)開業。
1945年5月25日
空襲で被災、丸の内駅舎3階部分など焼失。
1947年3月15日
丸の内駅舎が2階建てに改造のうえ八角ドームとして再建。
1948年6月20日
駅構内の一方通行(乗車口と降車口の厳密な区別)を廃止。
1948年11月16日
八重洲口新駅舎供用開始。
1949年4月29日
八重洲口駅舎焼失。
1954年4月15日
常磐線列車が有楽町まで乗り入れ。
1954年10月14日
八重洲口新駅本屋(鉄道会館)完成。21日には大丸百貨店がオープン。
1956年7月20日
営団地下鉄の淡路町-東京間が開業。
1956年11月19日
京浜東北線と山手線の分離運転を開始。
1964年10月1日
東海道新幹線東京-新大阪間が開業(以下、東海道新幹線関係はJR東海東京駅を参照のこと)。
1965年2月10日
八重洲地下街営業開始。
1965年10月1日
荷物営業を汐留に移管。
1968年6月30日
八重洲駅本屋増築(6階建→12階建)完成。
1972年7月15日
皇居側地下ホーム(東京地下駅)利用開始、総武快速線東京-錦糸町間開業。
1978年10月2日
東京駅発着の鉄道郵便車全廃、これに伴い郵便通路使用を終了。
1980年10月1日
横須賀線を地下ホーム発着とし、総武快速線と相互直通を行います。
1987年4月1日
国鉄の分割民営化に伴い、東海道新幹線以外はJR東日本の駅となります。
1988年4月1日
丸の内駅舎2階に東京ステーションギャラリーがオープン。
1990年3月10日
京葉線開業、鍛冶橋通り地下に新ホームが設置されます。
1991年6月20日
東北新幹線東京-上野間開業、東北・上越新幹線が乗り入れます。
1995年7月2日
中央線新ホーム使用開始。
1997年10月1日
北陸新幹線高崎-長野間が開業したのにあわせ、新幹線ホームを2面4線に増設。
2007年5月30日
東京駅丸の内駅舎復元工事着工。
2007年10月25日
駅ナカ商業施設「GranSta(グランスタ)」オープン[1]
2012年10月1日
東京駅丸の内駅舎復元工事完成。

周辺の見どころ

皇居外苑・皇居前広場

丸の内側から西へ、徒歩3分。東京地下鉄-千代田線:二重橋前を参照のこと。

ブリヂストン美術館

八重洲側から東へ、徒歩4分。ブリヂストン創業者である石橋正次郎のコレクションを基にした美術館です。印象派を中心とした西洋美術コレクションは日本屈指の充実度を誇り、館内のアメニティの高さも相まって、私立西洋美術館の最高峰に位置する存在といえます。800円、月休。

その他

  • 丸ノ内側駅本屋は、国の重要文化財
  • 第1回「関東の駅百選」(運輸省関東運輸局)選定駅。
  • 経済産業省、東京駅を「近代化産業遺産群33」を構成する産業遺産として認定。[2007年11月30日発表]
  1. JR東日本・鉄道会館プレスリリース「エキナカ商業施設「GranSta(グランスタ)」10月25日オープン 」[PDF](2007年7月3日)。

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